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【識者の眼】「教訓と伝承」関なおみ

No.5166 (2023年04月29日発行) P.62

関なおみ (東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)

登録日: 2023-04-21

最終更新日: 2023-04-21

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岩田健太郎先生の「感染対策の記憶喪失」(No.5163)を拝読し、改めて思い出したことがある。

初めて保健所の電話が鳴りやまない状態を経験したのは2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)発生時である。どこに相談すればよいのか分からない人々が電話帳やインターネットで「保健所」を探し、五十音順に出てくるところへ電話したので、「あ」や「い」から始まる保健所の職員は全国からの問い合わせに対応する羽目に陥った。このため即席のQAで医療職も事務職も区別なく全員が電話対応し続けた。

これを教訓として2009年の新型インフルエンザA(H1N1)発生時は、前線の保健所に負担がかからないよう、都道府県や国に速やかにコールセンターが設置された。東京都では都庁に設置された発熱相談センターで保健所の医療職が輪番制で出勤し、マニュアルやQAに基づいて対応した。

そして今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生時、やはり教訓を生かして直ちに都道府県や国にコールセンターが設置され、職員輪番制は速やかに民間委託へ移行した。ホームページは特設化され、最新情報や発生状況が見やすくなり、QAも検索しやすくなってチャットボットも活用された。

しかし流行が反復・長期化するにつれ、コールセンターには一般相談や受診相談だけでなく、検査案内、医療機関紹介、健康観察、入院調整、療養期間や証明書に関することなど、次々と多様な要素が追加され、かけてくる人も、一般の方、患者、濃厚接触者、医療機関など、多種多様になってしまった。これに対し都のコールセンターは次々と分化を遂げたが、居住自治体へ電話してくる人は後を絶たず、保健所もコールセンターを維持せざるを得ない状況になった。

今回の経験を基にコールセンター業務の教訓を追加するならば、振り分け機能と録音機能は必須、スマホ世代に合わせ、できる限りSNSを活用することだ。

いわゆる「タイムリープもの」の世界のように、毎回起きる現象が全く同じなら「オール・ユー・ニード・イズ・キル」1)のトム・クルーズのように何度死んでも確実に成長できるが、毎回別の感染症が流行し別の課題が出てくるのが現実の世界である。

「鬼滅の刃」2)でも、炭治郎が強くなれば敵のレベルも上がるのであって、上弦の鬼が下弦の鬼より強いのは当たり前だ。「予防計画」でも「健康危機対処指針」でもいいが3)、記憶喪失になろうが生き証人が死に絶えようが、必要な情報が必要とする人に伝わるよう、ヒノカミ神楽のように教訓と対策を確実に次世代に伝承していくことが、今の鬼殺隊である私たちにできることであろう。〈4月21日〉

【文献】

1)映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ワーナー公式サイト.
https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=4197/

2)『鬼滅の刃』公式ポータルサイト.
https://kimetsu.com/

3)第52回厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会資料:保健所の体制整備に係る予防計画の数値目標について.(2023年4月10日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001086097.pdf

関なおみ(東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)[感染症危機管理][計画策定]

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