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【識者の眼】「感染対策の記憶喪失」岩田健太郎

No.5163 (2023年04月08日発行) P.57

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2023-03-30

最終更新日: 2023-03-30

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記憶喪失をテーマにした小説、映画、漫画は多い。物語が展開するが次の瞬間、それまでの記憶を失い、また降り出しに戻る。皆さんも、そういう作品をご覧になったことがあるのではないか。

長年、感染対策をやっていると「我々の業界も、定期的に記憶喪失に陥る病にかかっているのではないか」と感じてしまうことがある。

関なおみ先生が新型コロナの「コールセンター(電話相談窓口)」問題を論じておられる(No.5160)。感染症が流行するたびにこうした電話相談窓口が設置される。感染症の経験も専門性もない職員が無理やり電話口に立たされ、鳴り止まない電話の対応を強いられる。何度かけても話し中の電子音に相談者もイライラを募らせ、ようやく電話がつながったときには怒りは頂点に達している。しかし、個別の相談に電話で対応できる内容は限定され、一般的な回答しかできない(それくらいは、ウェブで調べれば分かる)応対に相談者は怒りを爆発させる。相談された方はそれがトラウマになり、電話相談窓口業務に怯えるようになる。

これは2009年の「新型インフル」で既に明らかになっていた問題だ。我々は神戸市の発熱相談センター関係者を対象に質的研究を行い、その構造的問題を明らかにしていた1)。電話相談問題を明確にし、次に感染症が流行したときに(お互いに)苦しまなくて済むように。

が、日本では感染症の流行が下火になると、それまでさんざ指摘されていた問題の記憶があっさりゼロになる。あれだけ「日本版CDC」「感染症対策の公衆衛生上の基盤を」「専門家が足りない」「リソースがない」「データマネジメントがクソすぎる」「紙とハンコをなんとかしろ」という怨嗟の声が全てリセットされてゼロになる。再び感染症の問題が起きたとき、「あのときも、この問題は指摘されてましたよね」と担当者に言っても、「はあ? なんのことですか?」と木で鼻をくくったような塩対応だ。まあ、担当者は既に交代しているのだけど。問題点の引き継ぎはゼロなのか? 記憶喪失の業病である。

東京都では入力者にカネを出してHER-SYSの評価は他地域に比べて良好だったが、我々周辺の評判は極めて悪い。これとて、HIV診療の悪名高いデータ入力システムA-netの記憶があれば回避できたはずの失敗だった。何度同じことを繰り返せば、我々はこの無限ループから脱出できるのだろう。

たちの悪いスタンドに攻撃されているようなデジャブは続く。

【文献】

1)Iwata K, et al:Kobe J Med Sci. 2011;56(5):E195-203.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21937867/

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症][電話相談窓口]

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