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【シリーズ・製薬企業はどう変わろうとしているのか─各社のキーパーソンに聞く(2)〈日本イーライリリー〉】「迅速」「信頼」「分かりやすさ」「個別化」を重視し、情報活動を展開

No.4909 (2018年05月26日発行) P.14

登録日: 2018-05-28

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政府が打ち出した薬価制度の抜本改革に基づき実施された2018年度薬価基準改定では、新薬創出等加算の企業要件が厳格化されるなど大幅な見直しが行われ、製薬企業は事業活動の変革を迫られている。製薬企業の針路を探る本シリーズの第2回は、糖尿病領域で国内シェアNo.1を達成するなど、プライマリケア領域で存在感を増している日本イーライリリーのパトリック・ジョンソン社長(米国研究製薬工業協会在日執行委員会委員長)にインタビューし、情報活動のあり方やイノベーションの行方について話を聞いた。【毎月第4週号に掲載】

―医師に対する本誌のアンケート調査で医薬品に関する主な情報収集方法を尋ねたところ、「MR」という回答は約2割にとどまるなど、現場では“MR離れ”が進んでいる印象を受けます。こうした状況下で、製薬企業として情報提供をどう進めていきますか。

ジョンソン 医師の先生をはじめとする医療従事者の方々に加え、最終的には患者さんにも医薬品の価値を適切に伝え、「世界中の人々のより豊かな人生のために」という我々の信念を共有していくことはとても重要だと思います。研究開発を主体とした製薬企業と医療従事者をつなぐインターフェイスの中心となるのはやはりMRです。そのため我々は、高度化・専門化する医療従業者のニーズにきめ細かく対応できるよう中枢神経、糖尿病・成長ホルモン、筋骨格、オンコロジー、自己免疫の5領域別のスペシャリストMR制をとっています。2016年には社内でMRの活動方針を定め、製薬企業がいかにして医師の先生方の良きパートナーたりうるかという観点で情報活動を行っています。

―行動規範の具体的内容について教えてください。

ジョンソン 特徴はMRの活動モデルとして「S.T.E. P.」というコンセプトを掲げていることです。SはSpeedy、TはTrust、EはEasy、PはPersonalized。つまり、①迅速、②信頼、②分かりやすさ、④個別化―という4つのポイントを重視して情報活動を展開しているということです。
このコンセプトを基にこれまでの対面でのやりとりだけでなく、デジタルツールを活用した情報提供にも力を入れています。昨年はウェブ画面を通して情報提供する専任の「e-MR」を本格導入しました。医師の先生が都合の良い日時に予約、アクセスしてもらい、オンラインでやりとりができるシステムです。
「LillyMedical.jp」という検索システムもあります。学術情報が豊富に掲載され、FAQの内容も多岐にわたるなど充実しており、医療従事者は24時間いつでも重要な情報を得ることができます。こうしたデジタルチャネルの活用は増えていくと想定していますが、MRに置き換わるものだとは考えていません。あくまでMRの活動を補完するツールとの位置づけです。

最も重視しているのは医師からの「信頼」

―製薬企業の情報提供は有効性に偏りがちで安全性とのバランスに欠ける、という印象があるようですが、こうした指摘についてどう考えていますか。

ジョンソン 「S.T.E.P.」の中で我々が最も重視するのが、T=信頼です。日本でビジネスを始めた53年前から、安全性と有効性に関する適切な情報を提供することが何よりも大切だと考えてきました。日本では品質と安全性について厳しい視点があり、例えば市販後調査は日本独自の仕組みです。我々は開発中の医薬品の約8割を世界同時開発しており、日本でも多くの臨床研究を進めていますが、目的は薬事承認だけではありません。リアルワールドでの使われ方や効果、副作用といったデータを獲得するために承認後の第Ⅳ相試験も積極的に実施しているのです。
また安全性の理解にはフィードバックが大切です。MRが得た情報は本社(米国)においても共有されるシステムになっています。医師以外にも薬剤師や患者さんからの質問や苦情が注意深くトラッキングされており、ボトルの使い勝手まで吸い上げて製品に反映できるようなフィードバックループが機能しています。

今回の制度改革はイノベーションに逆行する

―今般の薬価制度改革を巡っては、医療保険制度の持続性という観点からは妥当との意見が出ている一方で、イノベーションの停滞を懸念する声もあります。近年の日本の制度改革をどのように見ていますか。

ジョンソン 研究開発を主体に事業活動を行っている製薬企業からすると今回の制度改革に対する評価は「イノベーションに水を差す政策」との見方で一致するのではないでしょうか。これは内資でも外資でも変わらないと思います。2010年度改定から試行導入されている新薬創出等加算はイノベーションを促進する効果がありましたが、今回の見直しで該当成分は約25%も減少しました。さらに費用対効果評価の導入も控えており、イノベーションが適切に評価されなくなることを危惧しています。
制度改正でR&D(研究開発)が停滞するとなれば、日本経済全体に与える影響も少なくありません。私は日本イーライリリーの社長として、今後も日本市場に大きな投資を続けていきたいと思いますし、世界同時開発も継続していきたい。国民の健康と健全な経済のためにR&Dが活発化するような環境が重要ということを、今後も政府に対して働きかけていくつもりです。
私は楽観的に物事を考えるタイプなので、R&Dの重要性が理解され、近いうちに見直しの必要性が認識されると信じています。

―医療保険制度の持続可能性とイノベーションを両立させるにはどうしたらよいのでしょうか。

ジョンソン 社会保障の費用を賄うためには製薬企業だけでなく、すべての人々が協力していかなくてはいけません。しかしその中でもイノベーションを生み出す環境は保護していく必要があります。どちらも両立させるのは難しいことですが、例えば特許の切れた医薬品については、次世代の新薬を開発する道を開くために薬価の切下げやジェネリックの推進もやむを得ないと考えています
我々も長期収載品を持っており、当然影響を受けます。しかし社会保障を維持しながらイノベーションを推進するためには、痛みを少しずつ全員で共有することが求められているのです。
この5年間を振り返ると、C型肝炎は「ソバルディ」や「ハーボニー」の登場で治癒可能な疾患になりました。高薬価が問題視されましたが、一方で肝臓がんや肝移植に関するコストは確実に激減するのです。薬価だけでなく総合的な視点でイノベーションを評価することが重要ではないでしょうか。
「オプジーボ」など抗PD-1抗体の上市も大きな成果です。今後10年ではアルツハイマー病(AD)の予防が可能になればと期待しています。こうしたイノベーションに向けたR&Dに日本も参加してほしい。特に高齢化が進む日本でAD治療薬の開発が成功すれば、人的資源の喪失を最小限に抑えることができるなど、イノベーションがもたらす経済的・社会的恩恵はとても大きいのではないでしょうか。

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