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【識者の眼】「トラウマに向かうべきか否かという葛藤」堀 有伸

No.5082 (2021年09月18日発行) P.62

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-09-03

最終更新日: 2021-09-03

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トラウマを経験した人の特徴は、自分のトラウマとなった出来事を思い出させる刺激を可能な限り避けようとすることです。トラウマ刺激に触れることは強い苦痛を生じさせるので、それを避けようとするのは当然のことなのです。また、トラウマに関連して「自分はダメな人間である」「世の中は信用できない」といった否定的な思い込みを抱いていることがあります。

強い苦痛を引き起こすことを避けるためには、その人のトラウマになっていることを話題にしないように配慮するのが、心理療法の場面ではなく、人間関係一般のルールです。自分が気にしている問題を無遠慮に話題にしてくる人を好まないのは、人間として当然のことだからです。

しかし長い目でみると、トラウマに関することを回避し続けることの問題もあります。一つは活躍できる生活の空間が狭くなってしまうことです。極端な例ですが「人と会うこと」をトラウマの原因と考えて引きこもってしまう場合もあります。その場合に人生における制限がとても大きくなってしまいます。また「人間とは恐ろしいものであり、自分を攻撃してくる存在だ」という思い込みがトラウマを経験することによってできてしまい、その考えに従って行動しているうちに経験の幅が小さくなってしまうということもあるでしょう。

そのような場合に、「その人のトラウマになっている問題を話題にするべきか否か」判断する必要が生じますが、これは難しいものです。もちろん、トラウマに触れること自体が苦しいことだからです。そして、トラウマによって身に付いてしまった思考や行動のくせ・型は、それが非機能的に見えても安定したパターンとしてその人を支えてきたものだからです。今はそれがうまくいっていないように見えても、以前の苦しかった時にそれがその人を支えてきたのですから、そう簡単に手放せません。

余談ですが、原発事故や新型コロナウイルス感染症対策の混乱を見ていると、日本は太平洋戦争などの歴史で経験したトラウマについて、十分に乗り越えられていないのではないかという疑問を感じることがあります。

長期的な利益を考えた場合に、リスクが予想されてもトラウマに関することに触れるべき場合もあります。しかしその場合にも、無造作な方法は避けられねばなりません。より安全にトラウマを扱うことを可能にするような知識や技術の向上、経験の蓄積が求められています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[トラウマ刺激]

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