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京都ALS嘱託殺人事件に想う─終末期医療の議論を広げる契機に[長尾和宏の町医者で行こう!!(113)]

No.5030 (2020年09月19日発行) P.52

長尾和宏 (長尾クリニック院長)

登録日: 2020-09-08

最終更新日: 2020-09-08

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もしも僕が彼女だったら

筋萎縮性側索硬化症(ALS)をわずらう女性(当時51歳)からSNSを通じて依頼を受けた医師2人が、女性に薬物を投与して殺害したとして、京都府警は7月23日、2人を嘱託殺人の疑いで逮捕した。8月13日、京都地検は2人を起訴した。今回、この事件に接して想うところを書いてみたい。

町医者になり25年間、これまで3000人以上の患者さんの終末期に関わってきた。そのなかにはALSの患者さんは20人ほどいた。現在も胃ろうと人工呼吸器を付けたALSの人とまだ付けていないALSの人を数人、診ている。今回の事件に関する各メディアの報道内容は見事にほぼ似たものだった。「医師はけしからん」「死ぬことではなく、生きることを考えよう」ばかりであった。確かにそうだが、それがこの事件の本質なのだろうか。

ALSは徐々に食べられなくなり息苦しさを覚え、最終的に胃ろうや人工呼吸器を付けるか付けないのかの選択に迫られる。日本では「付けること」を選ぶALSの人は3割ほどで、残り7割は「付けないこと」を選び、尊厳死・自然死を遂げている。つまり付けない人の方が多い。この傾向は海外ではさらに顕著で、胃ろうや人工呼吸器を付ける人は圧倒的に少ない。その理由のひとつは国民皆保険制度をはじめとした社会保障制度の違いにある。日本はALSに限らず胃ろうや人工呼吸器を付けた患者さんに対する医療や福祉が充実している。24時間365日、患者さんの家にヘルパーが寝泊まりし、医師や看護師も定期的に訪問する。こうした公的支援が手厚いからこそ在宅療養が可能なのである。

それにも関わらず、胃ろうや人工呼吸器を付けないことを選ぶ患者さんのほうが多い。僕が関わってきたALS患者さんも皆さん、最初は強く拒否された。皆「一度付けたら、死ぬまで外せないんでしょう?」と聞いてくる。そのとき僕は「いや、場合によっては外せるかもしれませんよ」と答えてきた。とりあえずやってみて「でも、やっぱり止めたい」と思ったときの明確な答えが、今の日本の医療には用意されていないのだが。

メディアで生きる大切さを説くALS当事者は、既に胃ろうや人工呼吸器を付けている人ばかりだ。ご家族や患者会、支援者も同じで〝付ける選択をした人の意見"しか報道されていない。僕は〝付けない選択をした人の意見"にも耳を傾けるべきだと思う。「死を考えるな」という意見があふれる中、知人による「彼女の選択を責めないで欲しい」というコメントが心に残った。生きることが大切なのは当然だ。しかし考え抜いたあげく死を望んだ彼女の心象風景に想像力を働かせるべきではないか。自分自身もそんな選択をする可能性がある。

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