お腹の中はブラックボックスだから腹部症状の診療はとても難しい。エコーを活用するとブラックボックスの中が見えてきて診療が楽しくなってくる
とても忙しい外来の合間に,医師が自分でエコーを行うことがその医師の診療レベルを向上させ,患者満足度を高める。技師に頼りすぎない!
効率のよい上達のためには,エコー画像の判断に悩む症例について適切なサジェスチョンを与えてくれるメンターを見つけるべし。メンターは技師でも医師でもOK
クリニックは評判が命です。誤診をして悪評が立つと,あっという間に患者さんの数は減少し,対策を立てないと淘汰されかねません。逆に適切な診断を行い,患者さんの期待以上の診療を提供できると患者さんは増え続け,クリニックの経営は安定します。クリニックの医師は,数ある医療技術の進歩の中で何を取り入れるのか,限られた予算の中で常に真剣に考え続ける必要があります。
私は消化器科をサブスペシャリティとする医師がクリニックの魅力を高めるために最も有効で,かつ患者さんの役に立つ技術は消化管を含めた腹部エコーである,と確信しています。「消化管をエコーで見ることができるのか?」と懐疑的にお考えになる読者の先生も多いかと思います。確かに昔のエコーでは消化管は見にくかったですし,消化管エコーの診断学は発展途上でした。しかし,消化管エコーを研究する医師と技師のたゆみない努力の成果の集大成と消化管を観察しやすい超音波機器の進歩により,比較的容易に消化管エコーの技術を習得し,実臨床で実践することが可能になりました。今まさにプライマリ・ケアにおける診療で消化管エコーを普及させるときが到来,機は熟したと言えるでしょう。
私はクリニック開院前,本心では「消化器内視鏡の検査や治療のみを行うクリニックにしたい」と考えていました。しかし,現実にはそれで経営が成り立つとは考えられなかったため,内科・消化器科と消化器内視鏡診療の2本立てによるクリニックにしました。
開業当初,腹痛の患者さんが受診すると,問診,腹部の診察を行い,自発痛や圧痛がある程度強い場合は末梢血検査やCRP,必要に応じて血液生化学的検査を行い,肝臓,胆道,膵臓,腎臓が症状の原因と推測される場合は腹部エコーを,食道,胃,十二指腸が症状の原因と推測される場合は上部消化管内視鏡検査を行っていました。反跳痛などを認め腹膜炎が疑われる場合や,たとえ認められなくても自発痛が強く患者さんが希望する場合は,後方支援病院に紹介しCTなどの精査を依頼していました。紹介しないときは,腹痛が増悪する場合はすぐに再受診するように説明し,経過観察としていました。そのような対応でも特に問題なく,紹介先病院で腹痛の原因が診断された場合,「先生,ご紹介ありがとうございました」と患者さんからお礼を言われることもしばしばありました。
しかし,私の気持ちとしては釈然としない部分もありました。たとえば,右下腹部に強い痛み,圧痛,反跳痛を認めるため急性虫垂炎と診断して後方支援病院に紹介しても,CTで急性腸炎と診断されることが少なくなかったこと,などです。長年,大学病院に内視鏡医として勤めていて,消化管腫瘍や炎症性腸疾患ばかりに興味を持ち,感染性腸炎の診療経験が乏しかったことが原因のひとつかもしれません。そんな経験が積み重なり,「お腹の中はブラックボックスだから,症状や診察所見から正確に診断をすることは不可能です。今回の診察でわかることは現在緊急手術をする必要はなく,経過観察できるということだけです」と患者さんに説明するのが口癖のようになっていました。
とある日,数時間前から出現した強い心窩部痛を訴える20歳前後の男性が受診しました。下腹部に圧痛はなく,腹部エコーで肝臓,胆道,膵臓を観察しても異常を認めませんでした。緊急の上部消化管内視鏡検査や,念のために施行した心電図でも異常を認めませんでした。痛みが強いため,原因不明の心窩部痛症例として後方支援病院に紹介しました。数日後,CTにて急性虫垂炎と診断され,手術を施行されたという病院からの報告に大変驚いたのです。
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