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肺癌手術をより安全にするための技術

No.4695 (2014年04月19日発行) P.63

桜木 徹 (大隅鹿屋病院呼吸器外科部長)

登録日: 2014-04-19

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

肺癌手術をより安全にするため,どのような機器の開発または技術革新がなされていますか。大隅鹿屋病院・桜木 徹先生に。
【質問】
塩野知志:山形県立中央病院呼吸器外科副部長

【A】

様々なデバイスが進歩する中で,技術革新(機器の開発),すなわち,イノベーションについて考えてみたいと思います。
「イノベーションの戦略は,既存のものはすべて陳腐化すると仮定する。(中略)イノベーションの戦略の一歩は,古いもの,死につつあるもの,陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである」(P. F.ドラッカー)
そのまま当てはめてみますと,呼吸器外科手術の安全性のためにイノベーションを実現するには,既存の安全策はすべて陳腐化すると仮定するところから始めるということになるようです。
従来の電気凝固システムは,凝固止血のためにかなり高い放電を必要としました。放電することにより表面には炭化させるほどの高温(500℃以上)を誘導し,その熱のいわば余熱でそれより深い層を凝固するという考え方でした。
放電凝固が陳腐化したとまでは言い切れませんが,エルベ社VIO300Dに搭載されているソフト凝固,またBiClampR,ENSEALR,LigaSureTMなどのベッセルシーリング(血管閉鎖)システムは,放電を伴わないジュール熱だけでの処理が可能で,手術の安全性を高めることになったと考えられ,イノベーションの1つです。これらは出力をコンピュータにより制御して,放電を回避します。つまり,凝固としては電流が組織に流れる際に発生するジュール熱のみ(100℃を超えない)で完遂することとなります。
私はまず,動物実験で肺動脈をパンチアウトした状態で出血のコントロールが可能かどうかを証明し(文献1),臨床に応用しました(文献2)。肺動脈から噴き出す出血が完全に止まる,もしくは小康状態に持ち込める凝固能力には驚愕するものがあります。
また,BiClamp,ENSEAL,LigaSureは放電を回避したバイポーラシステムで,血管の閉鎖を可能としました(文献3)。これらのシステムは血管を挾んで把持し,通電により血管内の蛋白質がいったん融解し,その後凝固することにより血管を閉鎖するので,従来の結紮が不要,もしくは頻度が激減したと思われます。結紮はご存じの通り,管腔状の物体を中心に向けて絞るような閉鎖です。それに対しバイポーラは管腔の平行閉鎖で,物理的にも安全性が高まるのではないかと思います。
私は肺葉切除において直径5mm以下の肺動脈に関してはBiClampのみでの処理で,結紮を用いない方法を積極的に施行しています。この方法は,結紮点がずれることによる,血管損傷のリスクを回避できると考えています。
電気凝固システムにおいて出力をデジタル制御可能としたことは,凝固のための放電という従来の発想を消し去り,ジュール熱だけでの凝固という技術を可能にしました。

【文献】


1) Sakuragi T, et al:Interact Cardiovasc Thorac Surg. 2008;7(5):764-6.
2) Sakuragi T, et al: Interact Cardiovasc Thorac Surg. 2009;9(5):767-8.
3) 桜木 徹:わかりやすい電気メスの本 自分の武器を知る. 金原出版, 2014.

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