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【識者の眼】「脳振盪、No復帰」鳥居 俊

No.5221 (2024年05月18日発行) P.65

鳥居 俊 (早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)

登録日: 2024-05-01

最終更新日: 2024-05-01

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縁あって、30年以上にわたって大学アメリカンフットボール(以下、アメフト)部のチームドクターを務めています。日本人にはラグビーのほうが人気かもしれませんが、アメフトには攻守の区別、ポジションごとの役割の違いなど独特の面白さがあります。

ラグビーと同様に選手同士の激しい衝突があるスポーツの代表であり、コリジョンスポーツ(collision sport)と分類されます。アメフトではヘルメットを装着するので、頭のけがは少ないか、というとまったくそうではありません。本場のアメリカでは、アスレティックトレーナーが制度化され、発生する外傷のデータが詳細に記録され報告されています。アメフトでは重篤な頭頸部外傷で死亡する選手の報告や分析もなされ、特に頭を下げてヘルメットで相手の選手にぶつかっていく動作が頸髄損傷や脳の外傷を引き起こすとして、反則とされたことで死亡数が減ったことは有名です。一方、死亡に至らなくても、頭部にある程度以上の衝撃が加われば、脳やその周囲構造にダメージが生じます。死亡に至らないために、やや軽視されてきたのが脳振盪かもしれません。

脳振盪は、文字通り頭蓋骨の中で脳が振盪されることで生じる問題で、意識障害(ぼんやりした状態から失神まで)、頭痛、嘔気、健忘などの症状・徴候が見られます。多くは30分程度で軽減し、1週間以内に9割以上が無症状になると報告されています。CTやMRIで調べても出血などの異常がみられない場合に脳振盪とされてきたため、現実的に脳で何がおこっているのか、現在も不明な点が残っています。脳の神経細胞の突起が振盪により捻れたようになり一過性の損傷が生じるのでは、あるいは脳の周囲膜との間にある血管が振盪により伸長されるのでは、などと考えられています。出血があれば頭蓋内出血と診断されるため、そのような画像所見がないものが脳振盪と、ただ単にメカニズムが病名になっています。一過性の問題とされていたのが、反復するとより大きな損傷となったり後遺症を残したりすることなどが徐々にわかってきたため、アメリカでは脳振盪を受傷した元選手たちが試合での起用や健康管理をめぐって訴訟をおこしたことも広く知られています。

脳への衝撃が後年に脳の変性疾患を引き起こすようだ、との報告も多数現れ(たとえばHannah JB, et al:JAMA Netw Open. 2023;6(8):e2328644.など)、アメフトでもラグビーでも脳振盪に対する管理が厳しくされるようになりました。20世紀のアメリカ神経学会の指針では15分以内に意識状態が改善する初回脳振盪は当日復帰可能とされていたのが、現在は脳振盪を疑ったら直ちに競技を中止させ、医学的に評価観察して復帰させないことが当然となっています。

ただ、現場でむずかしいのは「どこからが脳振盪か?」という点です。頭がぶつかったものをすべて脳振盪としたら競技が成り立たなくなる、という反論もあり、冷静に選手を評価する必要があります。ただ、将来の脳の健康を考えると、疑わしい場合はストップをかける勇気が重要でしょう。

鳥居 俊(早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部教授)[コリジョンスポーツ][脳変性疾患]

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