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原発事故の経験と福島県立医大の役割 ─ 復興、そして創生を目指して [OPINION :福島リポート(23)]

No.4822 (2016年09月24日発行) P.17

谷川攻一 (福島県立医科大学副理事長(復興担当))

登録日: 2016-09-23

最終更新日: 2016-10-12

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  • 人類史上初となる自然災害と原子力発電所事故との複合型災害が発生して5年。すでに避難区域への住民の帰還が始まっている。幸いにも福島第一原子力発電所事故(以下、福島原発事故)では放射線の健康影響は極めて小さいものの、放射線に対する不安や恐怖、そして原発事故に関連する様々な課題が浮き彫りにされてきた。そこで今回、私たちがこの事故から学んだこと、福島県立医大がどのように対応し、その経験を生かそうとしているのか、これまでの取り組みについて紹介する。

    福島原発事故が教えてくれたこと

    福島原発事故では原子炉建屋が爆発し、大量の放射性物質が放出されたが、急性放射線障害による死亡例は認めず、放射線による急性障害は発生しなかった。

    しかしながら、放射線の影響を低減する目的で行われた緊急避難においては入院患者や福祉施設入所者を中心に多くの死者が発生した。その原因は長時間にわたるケアや医療提供の中断であった。さらに、福島県では事故発生後3カ月間における避難先での福祉施設入所者の死亡率は震災前のおよそ3倍という状況が続いた。避難所や仮設住宅では2013年3月31日までに1383人が死亡し、その数は東北3県総計(2688人)の過半数を占めていた。これらは震災関連死と定義され、その約90%が66歳以上で、3割以上が震災後1カ月以内に死亡していた。その後も震災関連死は増加し、16年3月末時点の福島県における死者数は2000名を超えている。

    住民への放射線の健康影響について、県民健康調査(後述)における外部被ばく線量の推計結果では、事故発生から4カ月間の被ばく線量はほとんどの住民(99.4%)が3mSv以下であり、5mSvを超えたのは0.2%、最高値も25mSvにとどまっていた。幸いにも福島原発事故による住民への放射線の影響は極めて小さいことが明らかにされた1)

    一方、事故によるメンタルヘルスへの影響は広範囲にわたっている。避難住民において精神ストレスを抱える割合は15%(被災地以外:3%)であり、小児避難者の精神ストレスの割合は24.4%(被災地以外:11%)と、成人、小児ともに精神的なストレス下に置かれていた2)。特に放射線に対するリスク認知はメンタルヘルスや行動に深刻な影響を与えていた。例えば、外部被ばく線量は極めて低いにもかかわらず、未だに多くの住民が放射線(被ばく)に対する強い不安を抱いているという事実はそれを物語っている。放射線についてのリスク認知の違いは自主避難や別居(特に子供を持つ家庭)など苦渋の選択を迫っており、また、将来の妊娠に不安を抱える、福島に住んでいた事実を隠そうとするなどスティグマ(負の烙印)の背景要因にもなっている。

    公衆衛生上の問題も深刻である。避難住民においては、肥満傾向(避難者:BMI 31.5〜38.8%、非避難者:28.2〜30.5%)、高血圧率の増加(避難者:事故前53.9%→事故後60.1%、非避難者では増加なし)、糖尿病罹患率の増加(避難者:事故前10.2%→事故後12.2%、非避難者では増加なし)、脂質代謝異常率の増加(避難者:事故前44.3%→事故後53.4%、非避難者では増加なし)など生活習慣病の発生率は増加し、不適切な食生活やロコモティブシンドロームによる将来の心血管障害の増加が懸念されている3)。何よりも、慣れ親しんだ地域を離れ、それまでの生活を奪われたことによる健康への影響は極めて大きい。

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