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溺水[私の治療]

No.5062 (2021年05月01日発行) P.75

山畑佳篤 (京都府立医科大学救急・災害医療システム学教室講師)

登録日: 2021-05-02

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  • 溺水の病態の本質は,気道の入口部が液体により塞がれ,呼吸が著しく障害されて生じる低酸素血症である。気道に入った液体は肺のサーファクタントを洗い流し,無気肺や肺胞虚脱を起こして酸素化を低下させる。治療にあたる上で大切なのは,誤嚥により生じる肺コンプライアンスの低下と,低酸素血症に引き続き生じる臓器不全である。近年では津波や豪雨災害による溺死や溺水も多く発生しており,災害医療でも対応が必要である。

    ▶病歴聴取のポイント

    【発症様式】

    わが国では他国と比べ溺死率が高率である。年齢構成を調整した死亡率(年齢調整死亡率)を算出しても溺死率は高い。これはわが国の入浴習慣や住環境に原因があるとされ,特に12~2月の冬季に多くなる。今後,人口の高齢化により入浴中の溺水者および溺死者数はさらに増加することが予想される。小児の事故原因として遊泳中の溺水に加えて浴槽での溺水も多く,予防の啓発も重要である。てんかんの既往がある場合,溺水の危険性が高まるため,入浴中の事故に留意する。

    【予後規定因子】

    溺水は「浸水(immersion;顔や気道が液体に浸かっていること)あるいは浸漬(submersion;気道を含め全身が液体に浸かっていること)により呼吸障害を生じたもの」と定義され,溺水により死亡したものを溺死と言う。
    溺水の転帰を決定する最も重要な因子は,持続的に水没していた時間である。水没時間が10分未満の場合には転帰が良好となる可能性が高く,水没時間が25分を超える場合には転帰が良好となる可能性は低い(ただし,25分を超えて氷水の中から救出され,転帰が良好であったという症例の報告もある)。正確な時系列をとらえるのは難しいため,推定の水没時間は119番通報の時点から計測した時間としてよい。治療の上では酸素化能低下の程度とその持続時間が重要となる。

    かつては溺水が海水・淡水どちらで生じたかが重視されたが,もはやこの区別は重要ではなく,いずれにおいても肺のサーファクタントが洗い流され,非心原性肺水腫や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至ることが重要視されている。その他,年齢,救急隊到着までの時間,水温,目撃の有無は,救出・探索のための予後因子としては用いないことが提唱されているが,臨床情報としては記録しておく。

    ▶バイタルサイン・身体診察のポイント

    【バイタル】

    低酸素血症の評価のため,呼吸数,呼吸様式,酸素飽和度を観察し,呼吸窮迫や呼吸不全の存在を評価する。低酸素や脳虚血により脳浮腫や頭蓋内圧亢進を生じうるため,意識レベルを観察する。
    溺水による体温低下や二次性の体温異常を生じることがあるため,体温測定(可能であれば深部体温測定)を行う。低体温や低酸素血症の結果として不整脈を認めることがあり,心電図モニタリングを行う。

    【身体診察】

    誤嚥や肺水腫の評価のため,呼吸音を聴取する。coarse crackleの有無,wheezeの有無,呼吸音の異常の範囲(左右差など)を評価する。低酸素や心停止による脳へのダメージを評価するため,神経学的な評価を行う。溺水に至った原因の有無,もしくは溺水の結果生じた外傷などの所見の有無を評価する。便失禁を伴う溺水では高率に肺炎を起こすという報告もあり,現場状況の確認とともに便失禁の有無も確認する。

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