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淋菌感染症[私の治療]

No.5056 (2021年03月20日発行) P.34

安田 満 (岐阜大学医学部附属病院生体支援センター准教授/同大学微生物遺伝資源保存センター)

登録日: 2021-03-19

最終更新日: 2021-03-17

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  • 淋菌感染症は淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による感染症の総称であり,最も頻度が高く一般的に認知されているのは男性の尿道炎,女性の子宮頸管炎である。しかし,淋菌は性器以外の咽頭,直腸,関節,結膜や骨盤内など,全身至るところに感染をきたす。ほとんどの場合が性感染症(sexually transmitted infection:STI)であるが,淋菌性結膜炎の一部では性行為を介さず,膿の濃厚接触が感染の原因となることがある。

    淋菌感染症は5類感染症に分類され,発生動向調査が行われている。定点当たりの報告数は2002年頃をピークに減少しているが,2008年頃からは多少の増減はあるもののほぼ横ばい~やや減少している程度である。

    淋菌は薬剤耐性菌の増加が著しい。上述のごとく淋菌は全身至るところに感染をきたすため,淋菌の薬剤耐性化が進行すれば難治化するおそれがあり,さらに感染部位によっては重篤化や生命予後に関与する可能性がある。このため2013年,CDCにより薬剤耐性菌の脅威として,多剤耐性腸内細菌科細菌(CRE)とならび最高ランクの「切迫した」感染症原因菌と位置づけられた。その後2019年の改訂版でも,淋菌は同ランクのままとなっている。さらに,WHOの耐性菌に対する新規抗菌薬の研究開発におけるプライオリティーリストでも優先度が「高い」に位置づけられている。

    ▶診断のポイント

    淋菌感染症は問診,身体所見および淋菌の検出によって診断する。

    問診では感染機会の有無,時期および自覚症状を聴取する。感染機会の約1週間以内で排尿時痛,尿道瘙痒感,排尿時尿道灼熱感などを強く訴える場合は,淋菌感染症を強く疑う。さらに尿道炎では,外尿道口の発赤や膿性の白色~黄色の尿道分泌物,子宮頸管炎では帯下異常を認める。一方,淋菌咽頭感染のほとんどは無症状である。淋菌検出には鏡検法,培養検査および核酸増幅法検査がある。膿の塗沫標本を鏡検しグラム陰性双球菌が観察され,多核白血球への貪食像が観察されれば,淋菌性尿道炎と診断する。子宮頸管炎では鏡検法での診断は困難である。培養法は,検出までに数日かかるため迅速診断法とはいえないが,薬剤感受性を測定できる唯一の方法である。核酸増幅法検査は2~3割に重複するChlamydia trachomatisの同時検出ができるため必須となる。

    ▶私の治療方針・処方の組み立て方

    わが国には淋菌を適応菌種とする抗菌薬は約40薬剤と多数存在する。特効薬とされたペニシリン系抗菌薬をはじめテトラサイクリン系抗菌薬,セファロスポリン系抗菌薬,フルオロキノロン系抗菌薬,マクロライド系抗菌薬など抗菌薬の系統としても幅広い。しかしながら,淋菌はこれらの抗菌薬のほとんどに対し耐性を獲得しており,もはや臨床上初期治療薬として使用できるものはほとんどない。わが国で最も大規模に行われている淋菌薬剤感受性サーベイランスによると1),わが国の淋菌の薬剤耐性は以下のとおりである。

    ・淋菌感染症の最初の特効薬とされたペニシリンに対してはほぼ100%の株が耐性を示す。さらに,わが国ではプラスミド性のペニシリナーゼ産生淋菌(penicillinase producing Neisseria gonorrhoeae:PPNG)はほとんど認められず,その結果βラクタマーゼ配合薬も無効である。

    ・続いて推奨薬とされたテトラサイクリン系抗菌薬に対する非感受性率は75%程度である。

    ・フルオロキノロン系抗菌薬は,淋菌性尿道炎の2~3割に重複感染するC. trachomatisにも有効であるため重宝されていたが,9割程度の株が非感受性を示すようになった。近年はやや減少傾向にあるものの,現在でも依然約7割がフルオロキノロン系抗菌薬耐性株である。

    ・経口セファロスポリン系抗菌薬のうち,特に淋菌に対し最も有効とされるセフィキシムは,2割弱が非感受性株である。性感染症においては性行為によって感染が拡大するため,有効率は95%以上を求められる。したがって,経口セファロスポリン系抗菌薬も初期治療薬としては使用できない。

    ・経口マクロライド系抗菌薬であるアジスロマイシンに対しても,非感受性率は5割程度となっており,さらに高度耐性株も報告されている。

    ・一方,セファロスポリン系注射抗菌薬であるセフトリアキソンと,アミノグリコシド系注射抗菌薬であるスペクチノマイシンは,現在のところ非感受性株はほとんど分離されていない。

    以上より,現在淋菌感染症の初期治療薬として使用可能な薬剤は,セフトリアキソンとスペクチノマイシンの2薬剤のみである。したがって,わが国のガイドライン2)3)では,基本的にこの2薬剤しか推奨していない。しかし,スペクチノマイシンは咽頭への移行が悪く,淋菌咽頭感染には無効である。淋菌咽頭感染は,淋菌性尿道炎や子宮頸管炎の約3割程度で認められる。そのため,淋菌性尿道炎および子宮頸管炎治療の際には,淋菌咽頭感染の重複を念頭に置いた抗菌薬の選択が必要であり,その結果,淋菌性尿道炎および子宮頸管炎の初期治療薬は,セフトリアキソンが第一選択となる。

    そのセフトリアキソンにも耐性菌の報告があり,世界で初めてこの株が分離されたのはわが国であり,またこの株はいまだに最も高度な耐性菌である。この株は蔓延せず収束したが,この耐性菌が蔓延すれば淋菌に対する有効な抗菌薬を失い,治療不能な感染症となるおそれがある。

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