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イングランドにおけるCOVID-19の現状─NHS連合の連携とコミュニケーション[提言]

No.5050 (2021年02月06日発行) P.62

ネフ由紀子 (京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野元研究員・ サウサンプトン大学大学院社会科学部老年学専攻)

登録日: 2021-02-04

最終更新日: 2021-02-02

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  • 〔要旨〕筆者は医学・医療と社会の関わりに関心を持ち,長年,医療関連職として健康情報の発信実務と研究に従事している。2020年7月より渡英し,ロックダウン下のロンドンで2021年1月9日の現状に基づき,本稿を作成している。
    英国は現在,日本より感染者が多い現状にあり,保健サービスも両国間で異なるが,NHSが発信するレポートは特に病院の経営管理や広報的な側面において日本の現場にも参考になる内容があると思われる。

    ●NHSの役割

    COVID-19は各国で流行の第三波を迎え,衰えがみえない1)2)。英国のひとつであるイングランドでは,国民保健サービスであるNHS(National Health Service)がパンデミック下の業務遂行やコミュニケーションについて2020年5~6月に各地域・施設の担当ディレクターに体験を聞き,8月に速報として発信した3)。別途,2019年より進めていた各NHS所属施設(病院,診療所,高齢者向けケアホーム等)のリーダーとシニアディレクターの体験調査もレポート“Building common purpose”としてまとめ,12月15日,NHS Confedera-tion(NHS連合)が所属施設の管理部門(ボードメンバー,コミュニケーションリーダー等)に向けて発信した4)。NHS連合はNHS所属施設の連携を担当している。

    レポート“Building common purpose”ではパンデミックを乗り越えるため,NHS所属施設が2020年中,内部・外部とどう連携し,コミュニケーションを図ったかについて貴重な経験がまとめられている。「パンデミックは,NHSに所属する,異なる地域や施設で働くコミュニケーション担当者の間に共通の目的をもたらし,障壁を取り除いた。提供するサービスを改革するのに役立った」と記されている5)。NHSは2016年以降,「統合的なケアシステム」と「持続可能かつ変革可能なパートナーシップ」の2つを軸として施設と地域が一体となって医療やケアを行うことに挑戦している。レポートでは一丸となった業務遂行(エンゲージメント)とコミュニケーションについて繰り返し語られ,連携の重要な要因として位置づけられている。同レポートは一般向けのサイトに公開されている4)

    ●レポート“Building common purpose”4)

    NHS連合が“Building common purpose”を2020年12月15日に発表した。

    (1)レポート作成の方法

    もともとはCOVID-19流行への対応に特化したものではなく,NHS連合発行の単発の刊行物であった。作成手順は以下の通りである。

    ①2019年(COVID-19流行以前)にNHS連合が統合ケアシステムの発展における業務遂行とコミュニケーションの役割を知るため調査開始。計35人の部門責任者(directors)に電話インタビューを行い,その結果をもとに業務遂行やコミュニケーションについて文献レビューを実施。

    ②文献レビューから得られた鍵となる知見やメッセージについて,NHS連合のワークショップ時に100人以上の幹部(senior leaders)に意見を聴取。

    ③結果を2020年3月に発表する予定であったが,COVID-19流行によるロックダウンのため延期。パンデミックに関する質問調査を追加して12月15日に発表。

    (2)レポートの要点:リーダーがめざすこと

    パンデミックを乗り越えるため,現場のリーダーが業務遂行やコミュニケーション上,めざすこととして以下の5点が挙げられている。

    ①業務遂行とコミュニケーションに戦略的なアプローチを組み込む

    患者,市民,スタッフの声を聞き,計画と意思決定に反映させることが重要。同僚や職務上の仲間とともに,業務遂行に向けて目的を明確にして共有し,円滑なコミュニケーションをとることが業務の計画的実施や意思決定につながり,システムに改革をもたらす。

    ②継続的な関係を構築するための体系的なアプローチを採用する

    円滑なコミュニケーションを図って業務を遂行することにより,同僚や地域の仲間とともに持続的かつ新しい変化を創り出し,統合的なケアシステムを築くことができる。リーダーは時間をかけて施設間,専門性,ヒエラルキーの枠を超えた体系的関係づくりに努め,同僚や地域の仲間と共通の目的を持てるようにする。

    ③スタッフが未来像(vision)と望ましい物語(story)を共有し,実現する

    すべての同僚や仕事上の仲間が共感できる物語をつくり,全員で計画に沿って進み,実現させる。計画全体の中に一人ひとりが自分の居場所を見出し,「計画の実行に参加している」意識を持つことが重要。未来像と目的を明確にして業務を進め,コミュニケーションをとることによって,地域社会に効果的な連帯感が生まれる。

    ④オープンで透明性のある双方向の関係で業務遂行する

    ヘルスケアシステムは市民とコミュニティーに提供される。広い視点に立った戦略的な業務遂行は自信と信頼を築くことができる。そのためには未来像,計画,進捗状況について透明性が高い,わかりやすい情報開示を行うことが大切。市民,スタッフ,コミュニティー,時にはシステムに応じて政治家等も含めて継続可能な双方向の関係を保ち,業務遂行することが成功につながる。

    ⑤業務遂行とコミュニケーションが可能なリーダーシップ,受容力,専門知識を身につける

    関連するケアシステム,施設,地域の同僚や仲間と業務を進めてコミュニケーションをとる状況は複雑であり,強力なリーダーシップが必要とされる。統合ケアシステムの発展には異なった分野ごとに異なったアプローチを展開し,組織構造,リソース,ネットワークがどうあるべきかを検討することが大切。施設の枠を超えて業務遂行でき,コミュニケーションが機能することをめざす。重要なのは,各機能や各人の役割を明確にして発展させること。リーダーとして業務遂行しコミュニケーションをとっていくには,バイタリティや技術的専門性の他にリーダーシップ,他者への影響力,交渉力,外向性も必要。

    (3)補足説明

    英国は民間病院が少なく,ほとんどの病院はNHSの管理下にある。そのため,NHS連合は各組織に向け,“どのように保健サービスを市民に提供していくか”についての戦略を発信し,各組織の円滑な運営やチームワークの強固を応援して,地域の市民により良好な医療を届けることを促進していると思われる。この流れに関与するディレクター,リーダー,スタッフが情報を共有し,一丸となって業務を進めていくことは,パンデミックを乗り越えるために重要と考える。また,NHS連合が発信の内容をサイトに公開することで,納税者である市民に対して情報の透明性も担保されている。

    友人の感染疑い症例の場合(2020年9月),①COVID-19疑い症例を集約する相談センターに友人自身が連絡するもつながらない,②NHS Hotlineに電話をかけ,状況を相談(Hotlineは地域ごとの管轄。COVID- 19に限らず,あらゆる病状に対応),③Hotlineが地域のかかりつけ医に連係,④かかりつけ医から友人に電話が入り電話問診,かかりつけ医から症状に応じた専門医へ連係,⑤PCR検査を友人自身がNHSサイト上で予約,⑥専門医から電話が入り電話問診,COVID-19検査待機期間中の生活指導もあり,⑦順番が来てPCR検査センターにて検査(結果は陰性),のプロセスを経ている。当初,①のセンターが電話・予約とも満杯のため,3日間,連絡がつかず困惑されたそうである。しかし,いったんHotlineに連絡がついてからは検査までの待機期間はあったものの,比較的スムーズに進み,④,⑥の医師からの電話も連日にわたって入り,体調が悪い中にも少しでも安心できたと聞く。この事例から,各施設の連係の1パターンを窺い知ることができる。対応の方法は施設,地域,病状,時期等によって異なると思われる。

    なお,NHSではポストCOVID-19におけるNHSのあるべき姿を探索するため,キャンペーン“NHS Reset”を実施中である。現状の課題を検証し,月に約5~6本の広報的定期刊行物としてホームページ上で公開している6)。検証の内容は運営上の課題のほか,地域経済への貢献,各リーダーやスタッフの精神面を含む健康管理等にわたっている。模索しながら,幅広い観点から将来を見据える努力が続けられている。

    ●イングランドの状況と筆者の考え

    レポートの背景としてイングランドの状況について記す。

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