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肝臓の手(手掌紅斑)

No.5012 (2020年05月16日発行) P.30

八橋 弘 (国立病院機構長崎医療センター副院長)

登録日: 2020-05-18

最終更新日: 2020-05-13

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  • 手掌紅斑とは,肝疾患,肝硬変患者にみられる皮膚所見のひとつであり,手掌,特に母指球,小指球および指の基節部に認める紅斑である

    手掌紅斑の診断のポイントは,紅斑部分と周辺部分との色調のコントラストをよく診ることである

    鑑別すべき疾患としては,妊娠に伴う原発性のものと,肝硬変,アルコール性肝疾患,関節リウマチ,VEGF産生腫瘍,脳腫瘍,薬剤性などの2次性のものがある

    特に進行した肝硬変患者で手掌紅斑の出現頻度が高いが,原疾患の治療により,消失することも確認されている

    1. 手掌紅斑とは

    手掌紅斑とは,肝疾患,肝硬変患者にみられる皮膚所見のひとつであり,手掌,特に母指球,小指球および指の基節部に認める紅斑である(図1)。圧迫すると消失し,解除するとすぐにまた赤くなる。一般的に手掌全体の皮膚の色調は,手を心臓の位置より下方に置くと血流移動によって手掌全体は赤くなり,また逆に手を心臓の位置よりも上方に置くと手掌全体は白くなり,その血流は動脈性であることが確認されている。時々,単に手掌全体の色調が赤い場合を手掌紅斑と診断している場合に遭遇するが,手掌紅斑では,母指球,小指球,指の基節部に紅斑が局在するため,相対的に手掌の中心部は白くなるという点が特徴である。また,紅斑部分と周辺部分との色調のコントラストをよく診るというのが,手掌紅斑の診断のポイントである。5本の指を軽く広げて伸展させる,心臓より高い位置で手掌を診察すると色調のコントラストが明瞭となる。対面しながらの坐位の位置での手の観察では,手掌の位置は心臓より下方となり手掌全体が赤くなることから紅斑の色調コントラストは不明瞭となる。筆者は,仰臥位での腹部の診察の後に手掌を観察するようにしている。仰臥位のまま腹部の上に軽く手を乗せてもらうことで,心臓より高い位置に手を置くことができ,また患者の手掌の横に筆者自身の手掌(肝疾患なし)を並べて提示することで,患者自身も手掌紅斑の存在とその程度を認識することができる。

    また,手掌紅斑と同様,肝疾患,肝硬変患者に認める皮膚所見としては,くも状血管腫がある。このくも状血管腫は,直径が針頭大から1cm程度の中央の細動脈から多数の細く蛇行した毛細血管が遠心性に広がったものであり,顔面,頸部,胸部,上腕などの上半身でしばしばみられる。

    手掌紅斑,くも状血管腫ともに,肝硬変に伴う内分泌環境の異常,特にエストロゲンの代謝異常による血中での同ホルモンの上昇に関連した血管拡張により発生する。ただし,必ずしも血中エストラジオール濃度が高い人でみられるわけではなく,女性ホルモンと男性ホルモンの比率が問題で,エストラジオールと遊離テストステロンの濃度比が,これらの皮膚病変の出現に関与していると報告されている。

    2. 手掌紅斑に関する歴史的背景

    手掌紅斑に関する文献は,今から120年前の1899年にChalmer1)がLancetに報告した論文が最も古い。彼は西アフリカのゴールドコーストに住む白色人種にみられた対称性の手掌の母指球,小指球に出現する発赤に興味を持ち,手掌紅斑(palmar erythema)として報告した。ついで1929年にLane2)は,生涯を通じて手掌紅斑を持っていた2人の男性について記載し,その2人の家族にも同様の所見があったことから遺伝性,家族性の手掌紅斑の事例として報告している。

    肝疾患との関連については1932年にAmbler3)が,肝疾患患者に手掌紅斑とくも状血管腫がみられること,手掌紅斑のなかった患者が肝疾患に罹患した後に手掌紅斑が出現したことを初めて報告している。また足裏にも同様の紅斑がみられ,両病変の皮膚温度を測定すると周囲の皮膚の温度よりも高いことも報告している。

    1943年にBean4)は肝硬変,胆石による胆道閉塞,原発性肝癌,直腸癌の肝転移,ヘモクロマトーシス,脂肪肝,ウィルソン病等の種々の肝疾患において手掌紅斑が出現することを報告した。肝疾患以外の疾患での手掌紅斑については,1939年にFeldman5)が手掌紅斑が妊娠に関係することを最初に報告している。また1942年には,Perera6)は手掌紅斑を示した30例を調べたところ,肝硬変以外に胃潰瘍,大腸炎,がん等の慢性の消化管疾患や慢性関節リウマチや白血病,慢性化膿性疾患や亜急性心内膜炎,リウマチ性心疾患,甲状腺中毒症や老人や衰弱した症例であったことを報告した。それ以外に,糖尿病,肺炎,結核,梅毒等でも手掌紅斑が認められることが知られている。

    3. 手掌紅斑で鑑別すべき疾患

    Serraoら7)は,手掌紅斑で鑑別すべき疾患を,原発性と二次性に区分して列記している(表1)。

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