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加齢と嗅覚低下

No.5011 (2020年05月09日発行) P.48

三輪高喜 (金沢医科大学医学部耳鼻咽喉科教授)

登録日: 2020-05-08

最終更新日: 2020-04-30

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  • 加齢とともに高率に嗅覚は低下するが,大部分は自身の嗅覚低下に気づいていない

    嗅覚低下のリスクファクターは,加齢,男性,鼻副鼻腔疾患,動脈硬化,喫煙である

    嗅覚低下は認知症の前駆症状であり,認知症発症を予測する症状のひとつである

    嗅覚低下はフレイル,サルコペニアにもつながる

    嗅覚低下の予防には,適度な運動と意識してにおいを嗅ぐことを推奨する

    1. 嗅覚低下の問題点

    嗅覚は五感のひとつであるが,視覚や聴覚と比較すると軽視されがちである。嗅覚低下による日常生活の支障度が他の感覚と比べて強くないことに加えて,他人からも時には自分自身も気づきにくいことがその理由として考えられる。しかし,嗅覚外来で嗅覚障害の患者を診る限り,決して患者の苦痛は小さくなく,食品の腐敗やガス漏れ,煙に気づきにくいことや,味覚が変化して食べ物がおいしくないことを患者は強く訴える1)。また,近年では嗅覚低下と,アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患との関連,フレイル,サルコペニアとの関連が指摘されている。さらにPintoら2)は,嗅覚脱失者では嗅覚正常者と比べて5年後の死亡率が3倍以上高くなるというショッキングなデータを報告した。そこで,本稿では,嗅覚低下に認識を深めていただくことを目的とし,加齢に伴う嗅覚の低下について述べる。

    2. 加齢に伴う嗅覚低下に本人は気づいていない

    嗅覚も視覚や聴覚など他の感覚と同様に,成長とともに低下する。Dotyら3)によると,嗅覚同定能力は加齢とともに向上し,10歳代で最大となった後,一定の機能を維持し,男性では60歳代から,女性では70歳代から低下する(図1)。わが国においてもほぼ同様の結果が報告されている4)。高齢者人口のどれくらいに嗅覚低下者が存在するかという点に関して,様々な疫学調査がなされているが,調査法は,自己アンケートを用いたものから嗅覚検査によるものまで様々であり,その結果も評価法によって異なる。

    米国National Institute of Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD)では,米国人8万人を対象としたアンケートによる調査を行った。その結果,成人全体では,1000人当たり14.2人(1.4%)が嗅覚低下を自覚していたが,65〜74歳では26.5人(2.7%),75歳以上では46.0人(4.6%)と加齢とともに増加した5)。一方,同じく米国で実施されたBeaver Dam Offspring Study(BDOS)では,3285名を対象としてSan Diego Odor Identification Test(SDOIT)という嗅覚同定検査を用いて調査し,全体では3.8%に嗅覚低下を認めたのに対し,65歳以上では13.9%と,やはり加齢とともに嗅覚低下を有する頻度が増加することが報告された。BDOSによると,65歳以上の女性では嗅覚低下者は8.8%であったのに対し,男性では20.5%と2.5倍多く,この調査でも女性のほうが男性よりも嗅覚が優れていることが証明された6)

    2つの調査で嗅覚低下の発生率に数倍の差が生じたが,これは,NIDCDが被検者の自覚に基づいたアンケート調査であったのに対し,BDOSが嗅覚検査を用いた調査であったからである。すなわち,加齢に伴い嗅覚低下者が増加することは間違いないが,視覚や聴覚と異なり,自分では嗅覚が低下していることに気づいていないことが両調査を比較することによりみえてくる。

    3. 嗅覚低下のリスクファクター

    先のDotyらの調査では,嗅覚低下のリスクファクターとして加齢,男性,喫煙が挙げられている。表1に世界各国で1000人以上を対象として行われた調査における嗅覚障害の頻度とリスクファクターを示す5)~9)。すべての調査でリスクファクターとして共通するのは,加齢と男性である。それ以外には,鼻副鼻腔疾患の既往,生活習慣病として動脈硬化が挙げられているほか,女性の喫煙,低学歴,家族の低収入なども挙げられている。

    残り4,239文字あります

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