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人工知能降臨 [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.110

寳金清博 (北海道大学病院病院長)

登録日: 2017-01-04

最終更新日: 2016-12-26

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周囲の学生と接する機会(臨床実習のまとめ程度ではあるが)では、当然のことと言え、思考の方法に驚くべき変化が起こっていることに改めて驚愕する。知識のソースはウィキであり、情報収集はヤフーニュースであり、行動はグーグルマップで決め、コミュニケーションはラインである。スマートフォンで、完全にすべてが可能である。

レポートを見れば、ウィキの組み合わせとそこからの引用という「機械的な作業」で構成されていることは、一目瞭然である。私は(おそらく、多くの諸賢がそう確信しているはず)問題解決には、いくつもの「解」に至る径があり、それを「経験」する力が「知能」だと信じてきた。しかし、学生を見ると、本来、人間が行うべき作業をスマホが行い、コンピュータが行う作業を人間が行っているような「知」の「倒錯」の存在を知り、慄然とする。正解が1個だとしても、それに至るまでの辛い誤謬による学習の累積がなく、一直線に正解に行ける知能のグーグルマップが彼らを支配している。

最近、韓国のある大病院が噂の人工知能ワトソンを導入すると聞かされた。ワトソンに関しては、私もかなり前から注目していたが、ついに、本当の臨床の現場に登場することになったこと、その社会実装の速さに驚いている。

人工知能は、複雑系などの研究で有名なサンタフェ研究所など、主として米国の知能を集結した国家プロジェクトが推進してきた。そして、今、医療の世界にも降臨した。

ワトソンが私たちの診断・治療能力を凌駕し、インフォームド・コンセントも可能になる日はそう遠くないのかもしれない。その力は、医療ばかりでなく、民主主義という人間の「知性」を至上のものとする近代社会の根源を揺るがす可能性を1990年代のサイエンティストは覗き見し、今は、それが確信に変わりつつあるのかもしれない。

あまりに不気味であり嘔気をもたらす悲観論かもしれないが、「知能」が人間に固有のものである、という考えそのものが間違っているのかもしれない。自分がアプリオリに前提としてきた基盤自体が揺るがされている。これは、悪夢の始まりか、あるいは、新たな進歩の入り口なのか、私には、今はわからない。

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