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【識者の眼】「いくつかの自殺研究でわかっていること」堀 有伸

No.5033 (2020年10月10日発行) P.57

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2020-09-29

最終更新日: 2020-09-29

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自殺の話というのは影響が大きいです。直接縁のない方のお話を聞くだけでもガクッと来ます。精神科医という仕事をしていると、悲しいことに患者さんの自殺を経験することがあります。どの人のことを思い出しても非常に苦しく苦い気持ちになりますし、数年は心身ともに不調になります。もちろん、自殺を遂げられた方ご本人の痛みに及ぶようなものではありません。一方、研究が示すところでは、「身近な人が自殺した」人は、その人自身が自殺既遂のリスクを一つ抱えていると考えられます。

別の研究では、「自分が周りの人の負担になっている」「自分は自分の所属する集団に居る場所がない」という思いが強い場合に、自殺のリスクが高くなると考えられています。私は時々日本社会の道徳観に批判的になるのですが、その理由の一つはこういうところです。日本社会では、「みんなに迷惑をかけたような人間は、一人で黙って恥じ入って腹を切れ」というような空気が強まることがあります。弱みを見せることで「目に見えない陰湿なペナルティー」が与えられたり、ゴシップの材料にされたりして、個人が口を開かなくなる社会では、自殺者数が十分に減らないのではないかと、個人的には疑っています。

昔は、リストカットや過量服薬のような「軽い」自殺未遂を繰り返した人は本当に自殺することはないと言われていましたが、現在はそれは俗説で間違っていたことが示されています。自分の中の衝動やつらい感情を、自分を傷つけることでしか対処できない人は、それを行う度に周囲から「迷惑なお荷物」と見なされるようになり、ますます自分の居場所がないような気持ちになっていきます。逆に、自分の悩みや困りごとを、オープンに打ち明けることが奨励されるコミュニティーでは、自殺率が低かったそうです。

しかし一方で、自殺は単に「考え方」を変えるだけでは対応できない問題を含んでいます。自殺を考える人は時にとても重たく大きな荷物を背負っていることがあります。それを打ち明けられた時に、それを一緒に担う実力を周囲が備えていくことは、普段から皆がその意識をもって努力を積み重ねることで、ようやく達成できることです。私たちの社会がつらい経験を重ねることで、さらにその方向に進むことを心から願っています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[自殺リスク]

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