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多紀元堅(12)[連載小説「群星光芒」204]

No.4792 (2016年02月27日発行) P.66

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-27

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  • 『医心方・半井本』を納めた御用箱が運ばれてくると元堅は息をのんで蓋をひらいた。

    箱の中には1000年を経た『医心方』全30巻(このうち巻二十五は上下2巻)が欠巻もなく鎮座していた。

    巻本仕立ての聖典を眼前にした元堅は、

    「わが宿願、ここに成れり」

    とおごそかにつぶやいた。

    2日後、『医心方・半井本』は公儀より正式に医学館に貸与された。

    同館の督事部屋に籠った元堅は人を遠ざけ、机上に全巻を積みあげた。

    そして一礼すると『医心方・半井本』第一巻を取り上げ、黒縁の老視眼鏡をかけて巻頭をひろげた。

    「さすがは撰者丹波康頼様の直筆本じゃ。保存状態もきわめて良好である」

    元堅は目を細めて独り言ちた。

    安政2(1855)年の暮、公儀は九段坂下の牛ヶ淵に洋書の翻訳や研究をおこなう『洋学所』を創設した。

    大槻俊斎からこのことを知らされた伊東玄朴は呟いた。

    「おや、少し風向きが変わったごたる」

    2年前、米国海軍のペリーが黒船を率いて浦賀に現れ、大統領の親書をつきつけて開国を迫った。

    「もし、これを拒めば、わが砲艦が火を吹くであろう」

    ペリーに脅しをかけられた老中首座の阿部正弘は、

    「急ぎ、西洋兵法と西洋武器の研究をいたさねば」

    と新たに『洋学所』を設けたのである。

    「蘭学に明るい佐倉藩主の堀田正睦侯が老中に任命されたことも洋学所開設に与っていよう」

    と俊斎はいった。

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