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【識者の眼】「胃がん撲滅への『ピロリ菌除菌』という国家的戦略」浅香正博

登録日: 2026.06.09 最終更新日: 2026.06.09

浅香正博 (カレス記念病院院長)

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日本では長年、胃がんが国民の命を脅かしてきた。かつて胃がんは、がん死亡数の上位を占め続け、日本人にとってきわめて身近で深刻な病気であった。その大きな原因として知られているのが、胃に感染する細菌「ピロリ菌」である。

しかし近年、日本はこのピロリ菌に対し、世界でも例を見ない大胆な政策を実行した。それが、慢性胃炎に対するピロリ菌除菌治療を2013年から公的医療保険の対象にしたことである。

ピロリ菌除菌が胃がんを予防できるかについては、長年議論が続いていた。2008年には、我々の研究グループが、早期胃がんに対する内視鏡治療後にピロリ菌を除菌すると、新たな胃がんの発生を抑制できることをLancet誌に報告し、大きな注目を集めた。

その後、2013年に国際がん研究機関(IARC)は、ピロリ菌除菌によって約30%の胃がん予防が可能であるとの見解を示した。

わが国ではこの流れを受け、保険診療としての除菌治療が急速に普及した。除菌を受けた人は2020年には1000万人を超え、それに伴い内視鏡検査数も大幅に増加した。そして、注目すべきことに、胃がん死亡者数は2013年の約4万8000人から、2024年には約3万8000人へと減少し、約20%もの低下を示した。さらに、死亡率の低下に続き、胃がんの新規患者数も数年遅れて減少に転じた。

死亡率低下の背景としては、除菌前に内視鏡検査が広く行われるようになり、無症状の早期胃がんが「偶然」発見される機会が増加したことが挙げられる。これにより、早期治療が可能になり、相対的な予後改善につながった結果、政策実施後、比較的早期から死亡率低下がみられたと考えられる。

もちろん、高齢化や診断技術の進歩など、他の要因も影響している可能性はある。しかし、死亡数と罹患数の双方が減少した事実は、ピロリ菌除菌政策が大きな成果を挙げたことを強く示唆している。

特に注目すべき点は、わが国がこの対策を「特別な国家プロジェクト」ではなく、日常の保険医療制度の中で実現したことである。国民皆保険制度を活用し、多くの人が通常診療として除菌治療を受けられるようにした結果、胃がん対策が全国規模で浸透した。これは、日本型医療システムの大きな成功例のひとつと言えるだろう。

胃がんは完全になくなったわけではない。しかし、わが国が進めたピロリ菌除菌政策は、「感染症対策によってがんを減らす」という新しい時代を切り開いた。世界に先駆けたこの取り組みは、今後の国際的ながん予防戦略にも大きな影響を与えると思われる。

浅香正博(カレス記念病院院長)[胃がんピロリ菌

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