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【識者の眼】「堀川惠子著『透析を止めた日』」西 智弘

登録日: 2025.11.11 最終更新日: 2025.11.11

西 智弘 (川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)

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2025年2月、私は『それでも、安楽死の話をするのなら』(晶文社)を上梓した。2020年に『だから、もう眠らせてほしい』(晶文社)で、安楽死を望んだ2名の患者さんとの物語を書き上げた後、より論理的な言葉で安楽死についてまとめなければならないと考え、執筆した本である。

刊行に当たり、出版社側の意向で販促イベントを行うこととなり、紀伊国屋書店新宿本店のイベントスペースで、対談と即売会(サイン会)が開催された。その際、私の対談相手としてご登壇くださったのが、『透析を止めた日』(講談社)をご執筆された堀川惠子さんであった。

実を言えば、私はそれまで堀川さんのことを存じ上げず、イベントでご一緒することが決まって初めてお名前を伺った。そのため、まず堀川さんのことを知らなければ、と思い拝読した本が『透析を止めた日』だったのである。

衝撃であった。イベントのために、と読み始めたにもかかわらず、途中から背中に汗がにじんだ。「これは、緩和ケアに関わる医師として読まないわけにはいかない」と感じたのだ。堀川さんの夫、林新(はやし・あらた)さんは、多発性囊胞腎(polycystic kidney)を患っており、38歳から血液透析を受けていた。既に透析を始めていた頃にパートナーとなった堀川さんは、林さんの苦しみを理解するために、自分も腕を固定して椅子に座り続ける、といった体験をしたという。さらに、自らの腎臓を生体腎移植のドナーとして差し出そうとしたり、病院への付き添いを続けていく描写が続く。派手な感情の吐露はない。だからこそ、行間からにじみ出る夫への静かで、しかし深い愛情が伝わり、後半で林さんの死に向かう描写は、読者の心情を深く揺さぶるのである。

林さんは亡くなる直前、緩和ケアを受けることができなかった。その苦痛は、緩和ケア医ならぞっとするほどのものであり、私自身が若い頃に感じていた絶望感と重なって思い出される痛みでもあった。しかしそれが、つい最近(2017年)の出来事だというのだから驚かされる。がんに伴う苦痛の緩和ですら、まだまだ不十分な面は否めない。ましてや、がん以外の終末期の苦痛については、私が医師になった20年前からほとんど進歩していないのではないかと、暗澹たる思いに駆られた。

2025年の政府『骨太の方針』において、腎不全患者の緩和ケアを含む慢性腎臓病対策の推進が明記され、さらに9月には日本透析医学会から『腎不全患者のための緩和ケアガイダンス』が発表された。これらは、堀川さんの訴えと無関係では決してないだろう。実際、イベント会場でお会いした堀川さんは、凛とした声で語る、朗らかで芯の通った女性という印象だった。彼女の声が、世間を動かしたのだと感動する一方で、これまで私たちは何をやってきたのかと忸怩たる思いも交錯するのである。

西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[腎不全患者のための緩和ケアガイダンス][緩和ケア

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