株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

「何かを得れば、何かを失う」[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(198)]

No.4905 (2018年04月28日発行) P.63

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2018-04-25

最終更新日: 2018-04-20

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

何かを得れば、何かを失う。
そして、何ものをも失わずに
次のものを手に入れることはできない。

開高健の名言のうち、いちばん好きな言葉だ。座右の銘でもある。毎年、3年生の病理学総論、講義の最初に紹介する。

医学部へ入学して得たものは大きいに違いない。しかし、そのことによって失ったもののことを考えたことがあるだろうか。いちばん大きいのは、職業選択の狭まりだ。もちろん、医学部を出たからといって医師にならなければいけない訳ではない。

とはいうものの、現実は厳しかろう。いまや医学部は、卒後の初期研修も含めて8年制の高度な専門学校になってしまった、と考えるのが妥当である。

入試面接試験の定番質問として医学部を選んだ理由を聞く。誰ひとりとして、学問としての医学が面白そうだからと答えたりしない。これは他の学部との根本的な違いではないか。医学を学びたいからではなくて、医師になるために入学したのである。入試の動機からして、やはり専門学校だ。

学生たちにこのような話をすると、きょとんとするか、不快そうにするか、である。そりゃそうだろう。子供の頃から猛烈に勉強してせっかくここまで来たのに、こんな身も蓋もないことを言われるんだから。

しかし、これは真実だ。学生たちは、そのことをきちんと認識して医学を学び続けるしかない。それも、一生の間である。もともと医学が面白いと思って入学したのではないから、しんどいことかもしれない。

しかし、こちらが頼んで来てもらった訳ではない。自ら志願して入学したのだから、仕方なかろう。いまさら後悔しても遅い。あきらめて、嘘でもいいから医学は面白いと思いなさい、と指導する。

人間、面白いから笑う、悲しいから泣く。それだけではない。逆に、笑っていれば面白くなってくるし、泣いていれば悲しくなる。多くの心理学研究がそれを実証している。それと同じだ。面白いと思いながら勉強したら、きっと面白くなる。医学を楽しむ姿勢で学ばなければ、これから先つらいことばかりになりますよ。

というような話をするんですけど、みんなどれくらい理解してくれてるでしょう。親切のつもりだけど、単にイヤミなおっさんと思われてるだけかもしれませんねぇ。

なかののつぶやき
「何を勘違いしてたんだか、『何かを得れば、何かを失う』の後は『そしてその総和は誰にもわからない』だと、長い間思い込んでました。でも、ある決断をして得たものと失ったものの総和って、ほんとにわからないですよね。まぁ、人生というのはそういうわからなさがあるから、やっていけるのかもしれませんけれど」

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連求人情報

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top