(富山県 N)
「キラキラネーム」と呼ばれている現象です。
「キラキラネーム」とは,本来の漢字の読み方を無視して,子どもの名前に奇抜な読み方を付けたものを言います。奇抜とは言えないまでも,近年,子どもの名前の読み方が複雑になり,困惑することが少なくありません。たとえば,明治安田生命の「名前ランキング2016」によると,男の子の命名では2016年も2015年も第1位は「大翔」ですが,この名前は「ひろと」とも「はると」とも読みます。また,女の子の名前では「陽菜」が人気で,2014年から3年連続でトップ3に入っていますが,読み方には「ひな」「はるな」「ひなた」等があります。このように,同じ漢字でも読み方が複数あるのが特徴です。
なぜこのような事態が起きるのでしょうか。子どもの名前に用いる漢字選びで,親が重視するポイントは「音」「イメージ」「画数(開運)」「漢字そのもの」の4点です。現在,常用漢字2136字とは別に,法務省により戸籍に記載できる漢字として,人名用漢字861字が定められています。そのほかに,「戸籍法施行規則」第60条には,「変体仮名を除く片仮名や平仮名も名前に使用することができる」と記載されています。つまり,名前に使用できる漢字に制限がある一方で,音訓に関しては制限がありません。そのため,「キラキラネーム」のようなものが生まれてしまうのです。
子どもに個性的な名前を付けたがる傾向は昔からあったようで,吉田兼好の『徒然草』(鎌倉時代)にも,「人の名も,目慣れぬ文字を付かんとする,益なき事なり」と書かれています。子どもの名前の変遷には,いくつかの興味深い傾向があります。
1921~56年の女の子の名前の「ベスト10」には,すべてに「子」が付いていましたが,1986年には「子」はゼロになりました。「美」は1917年に女の子の名前に登場し,今日に至るまで人気の漢字です。一方,「貞」は1921年,「静」は1925年,「節」は1954年に「ベスト10」から姿を消しています。また,時代によって親に好まれる漢字には違いがあり,大正から昭和にかけては男子ならば「正」「清」,女子ならば「幸」「和」の人気が高く,21世紀以降は「希」「陽」「優」が男女の区別なく頻繁に用いられているようです。
ジェンダーによる違いも顕著で,同じ「優」という漢字でも,男女で付与される意味は違っており,男の子は「優れた」,女の子は「優しい」という意味で使用されたりします。また,子どもの名前は必ずしも実際の世相を反映しているわけではなく,むしろ,その時代の親の願いが込められていることのほうが多いようです。そのため,戦前から戦後にかけての食糧難の時代には「茂」「実」「豊」といった漢字の名前が男の子に多く,女の子に対しては無病息災を願う「千代子」「久子」などの名前もブームになっています。
確かに,最近の子どもの名前には,読み方が許容範囲を大きく逸脱しているものが見受けられます。少子化の影響なのか,子どもに個性的な名前を付けたがる親が多いのかもしれません。名前は苗字とは異なり,一生使い続けるものです。あまり奇抜な名前を付けると,子どもがからかいの対象になったり,正しく読んでもらえず悩んだりすることもあるかもしれません。特に,教育現場や医療現場の呼び間違いは深刻な問題です。
対策としては,漢字の名前には必ずルビを振ること,ローマ字表記の名前を併記することなどが考えられます。法的に漢字の読み方に制限を設けることが一番よいのかもしれませんが,どこまでが許容範囲なのか,決めるのは簡単ではありません。
【参考】
▶ 牧野恭仁雄:子どもの名前が危ない(ベスト新書). ベストセラーズ, 2012.
【回答者】
半田淳子 国際基督教大学教養学部教授