株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

(1)橋本脳症─診断と治療のヒント[特集:橋本脳症の診断と治療]

No.4888 (2017年12月30日発行) P.24

米田 誠 (福井県立大学看護福祉学研究科教授)

登録日: 2017-12-29

最終更新日: 2017-12-25

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • next
  • 橋本脳症は,慢性甲状腺炎(橋本病)に伴う自己免疫性精神神経疾患である

    橋本脳症は広範な臨床スペクトラムを呈することから,日常診療において複数の診療科にまたがる疾患である

    橋本脳症は脳波異常と脳血流SPECT低下の頻度が高いが,脳MRIの異常頻度は低い

    橋本脳症に特異性が高い分子診断マーカーとして抗NAE抗体が存在する

    橋本脳症の治療としてステロイドが多くの例で有効であるが,難治例には大量免疫グロブリン静注,血漿交換や免疫抑制薬が試みられる

    1. 橋本脳症とは

    橋本脳症は,慢性甲状腺炎(橋本病)に伴う自己免疫を基盤として,様々な精神神経症状を呈する疾患(脳症)である。古くから,甲状腺機能低下症に伴う意識障害や認知症は粘液水腫性脳症としてよく知られているが,橋本脳症では甲状腺機能は保たれることが多く,明らかに区別される疾患である。

    橋本脳症の歴史は古く,1966年の英国のBrainら1)のLancet誌の症例報告にまでさかのぼる。この症例は40歳代の男性で,様々な精神神経症状を繰り返すが,それを説明できる甲状腺機能の異常は認めないことから,橋本病に伴う何らかの自己免疫学的異常が背景にある疾患と推察された。それから4半世紀の間,橋本脳症は,ほとんど注目されることはなかった。しかし,1991年になり,英国のShawら2)によって“Hashimoto’s encephalopathy”(日本語訳として「橋本脳症」)という疾患概念が新たに提唱され,①精神神経症状(脳症),②抗甲状腺自己抗体,③ステロイドに対する良好な反応性,④他の原因の脳症・脳炎の否定が,診断指針として示された。

    橋本脳症は,慢性甲状腺炎(潜在症例を含む)を持つ患者において様々な急性・慢性の精神神経症状を呈することから,複数の診療科にまたがる。神経内科医や内分泌内科医はもとより,精神科医,脳外科医の診療の対象となるだけではなく,意識障害やてんかんをきたすことも多いことから,救急医や家庭医の診療の対象ともなる。

    一方で,橋本脳症の臨床徴候は多様であるため,臨床診断には時に困難を伴う。そのため,適切に診断されずに見過ごされる患者も多く,“under-diagnosed treatable condition”(治療可能な見過ごされている疾患)と言われた時期もあった3)。そこで2005年,筆者ら4)は,橋本脳症に疾患特異的な血清マーカーを探索した結果,α-エノラーゼのN末端領域(NH2-terminal of alpha-enolase:NAE)に対する自己抗体(抗NAE抗体)を新たに分子診断マーカーとして同定し,血清診断を初めて可能とした4)5)。これによって,橋本脳症の検査診断への門戸が開かれるとともに,本疾患の認知にもつながった。同時に,臨床スペクトラムが大変広い疾患であることも明らかとなってきた。

    本稿では,橋本脳症の臨床的特徴を知り,診断と治療のヒントとして頂きたい。

    2. 橋本脳症の診断への入り口

    橋本脳症の疾患頻度に関する調査は国内外でいまだにないため,その正確な数字は不明である。メイヨークリニックの後方視的調査6)では,橋本病,バセドウ病患者で脳症をきたした率はわずか4.8%であり,橋本脳症はきわめて稀な疾患であるとの指摘がなされた。また,欧米患者から推定された別の報告7)でも,ごく少数例から割り出した有病率は2.1/10万人と推察されている。しかし,欧米の医療の中でどの程度,橋本脳症が浸透しているかは,はなはだ疑問である。わが国における抗甲状腺抗体の高い陽性率(男性6.5%,女性15.8%)8)や筆者らの施設への自己抗体の解析依頼件数(3000件以上/10年)を考慮すると,欧米での数字はかなり低く見積もられているのではないかと危惧される。わが国に比べて欧米では,橋本脳症という疾患に関する認知度が低いため,多くの患者を見過ごしている可能性がある。

    このように,橋本脳症は日常診療の中に隠れた疾患であり,決して稀な疾患ではない。診断への入り口は,この疾患を日常診療の中でまず念頭に置くことである。そのためには,橋本脳症の臨床的特徴と病型を知ることが何よりも大切である。

    残り4,156文字あります

    会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する

  • next
  • 関連記事・論文

    もっと見る

    関連書籍

    もっと見る

    関連求人情報

    関連物件情報

    もっと見る

    page top