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福島の住民のストレス・トラウマ反応─沖縄戦のPTSDからみた震災[OPINION:福島リポート(27)]

No.4878 (2017年10月21日発行) P.20

蟻塚亮二 (メンタルクリニックなごみ(相馬市)所長)

登録日: 2017-10-23

最終更新日: 2017-10-18

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  • 沖縄戦体験者のPTSD

    それまで青森で精神科医として働いていたが、2004年に沖縄に移住した。沖縄で見たのは、それまで「本土」では見たこともない底なしの貧困や、解離性障害などトラウマ関連の精神疾患だった。

    2010年、夜間に頻繁に覚醒する高齢者たちに遭遇した。通常の薬物にも反応しない「奇妙な不眠」だった。やがてそれは、幼児期に体験した沖縄戦のトラウマによる過覚醒不眠だと分かった。戦争から60数年を経て発症したPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)であった。阿鼻叫喚の場面の再想起やフラッシュバックが認められ、戦場を逃げた時の「死体を踏んだ罰」により「足の裏から灼熱痛が発作性に上がってくる」と訴える女性もいた。パニック障害や非精神病性の幻聴もみられた。

    さて沖縄戦のPTSD診療に没頭していた2011年、東日本大震災が発生した。13年、私はかねてより知己の丹羽真一福島県立医大教授(当時)たちが12年に立ち上げた相馬市の診療所に赴任した。赴任前は「50〜60年後に福島でも沖縄のような高齢者のPTSDが発症するかもしれない」と考えていた。しかし赴任直後、津波で自宅を流された女性が叔母の死を契機に発症したPTSDに遭遇した。

    不眠と下肢痛を訴えて通院していた男性は、沖縄で見た過覚醒不眠そのものだった。遺体捜索に従事した1カ月後から症状が始まったという。それは明らかにストレス・トラウマ反応であった。うつ病と診断されていたが、薬を変更した結果、2カ月後に訴えが消失した。それまで坐骨神経痛と診断されていた下肢痛は、震災ストレスによる身体表現性障害であった。

    津波被害の翌月から、不眠と「足の熱さ」に苦しむ女性も来院した。沖縄で「死体を踏んだ足の灼熱痛」を訴えた女性と全く同じ病態だったので、震災ストレス反応に違いないと治療を開始したところ、2週間後に訴えはほとんど消失した。

    このように、沖縄戦を体験した高齢者のストレス・トラウマ反応と同じ症状が相馬市でもみられた。沖縄での診療経験は福島の被災地で役立った。

    沖縄と共通する病態と福島だけの病態

    沖縄でみた戦争由来ストレス反応を表1に列挙する。その多くは福島でもみられる。



    福島では、震災に由来するPTSDは今も発生している。パニック障害、身体表現性障害も高率にみられ、3.11が近づくと不安不眠抑うつになる命日反応もある。一過性の幻覚も少ないが存在する。

    沖縄戦ほどの過酷な体験ではないせいか、破局的体験後の人格変化はみられなかった。認知症高齢者の、トラウマ反応による夜間不穏などもみていない(今後発生するかもしれない)。一方震災ストレス反応と同様の所見を呈したものの、実はレビー小体型認知症だったケースを数例みた。このほか、離婚やDV、避難先の家人によるレイプ、アルコール依存、リストカット、自殺、幼児虐待・養育ストレス、友人や近隣との不仲、引きこもり、悲嘆反応の長期化による慢性の無気力などをみた。

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