株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【マンスリーレクチャー】その場の1分,その日の5分[プライマリケア・マスターコース]

No.4690 (2014年03月15日発行) P.49

名郷直樹 (武蔵国分寺公園クリニック)

登録日: 2014-03-15

最終更新日: 2017-08-08

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

CASE36:前立腺癌検診は受けるべき?

68歳の男性。高血圧で定期的に外来通院中。血圧のコントロールは良好で安定している。診療の終わり際に,「何かほかに聞きたいことがありますか?」と聞くと,以下のように質問された。
「1年前,血液検査でできるというので,前立腺癌検診というものを受けました。精密検査が必要と言われたのですが放置してしまいました。もう一度再検査をして,値が高いようなら精密検査を受けたほうがいいのでしょうか」
患者が持参した検査データを見てみると,前立腺特異抗原(prostate specific antigen;PSA)の値が4.5ng/mL(基準値:4ng/mL未満)であった。

これまでの診療での対応

●この患者への今後の対応をどうするか,今の時点での皆さんの考えを確認しておこう。

選択肢
①前立腺特異抗原(PSA)を再検査する
②再検査ではなく泌尿器科での精密検査を勧める
③放置してもよいと伝える
④勉強してから考える

この時点での患者への説明

●これまでの知識として,米国予防サービスタスクフォース(U.S. Preventive Services Task Force;USPSTF)ガイドラインによると,前立腺癌検診は勧められないとされていたが,米国泌尿器科学会(American Urological Association;AUA)では,70歳未満であれば受診を勧める方針が出されていたと記憶していた。しかし,記憶にあいまいな面もあり,この場で返事をしなければならない状況ではないため,もう一度勉強し,次回の外来で再度相談に乗ることを約束して,この日の診療を終了した。

その場の1分

次の患者を呼び入れる前に,とりあえず1分間,検索してみる。DynaMedで‘prostate cancer screening’を打ち込み検索すると(図1),前立腺癌検診について以下のような記述が容易に検索される。
▪effects on mortality
 ・‌prostate cancer screening does not appear to reduce overall mortality(level 2[mid–level]evidence)
 ・‌conflicting evidence regarding PSA screening and reduction of prostate cancer mortality
▪‌adverse effects appear common following prostate biopsy for elevated PSA level including blood in semen or urine, pain, and rectal bleeding

総死亡に影響を与えるような効果の可能性は低く,前立腺癌による死亡を減らすかどうかについても,相反するエビデンスがあり,決着がついていないとのことである。
検診を勧めるかどうかについても,学会によって見解が異なっており,以下のように各学会の見解がまとめられていた。
▪screening recommendations
 ・‌recommendation against screening with PSA for prostate cancer for all ages by United States Preventive Services Task Force(USPSTF)(USPSTF Grade D recommendation)and American Academy of Family Physicians(AAFP)(Grade D recommendation)
 ・‌most other guidelines recommend providing patient with information on benefits and risks of screening to allow for informed decision–making rather than explicitly recommending for or against screening
 ・‌American Urological Association recommends shared decision-making strongly recommended for men aged 55–69 years that are considering PSA screening, and proceeding should be based on a man’s values and preferences
(中略)
 ・‌American College of Physicians recommendations include
  ・‌clinicians should inform men aged 50–69 years about limited potential benefits and substantial harms of screening for prostate cancer
  ・‌clinicians should not screen for prostate cancer using the PSA test in average–risk men<50 years old, men>69 years old, or men with a life expectancy<10–15 years

USPSTFガイドラインと米国家庭医療学会(American Academy of Family Psysicians;AAFP)では,年齢にかかわらず,検診をすべきではないとしている。

それに対しAUAは,55~69歳の男性においては,リスクベネフィットを説明した上で,患者の価値観や希望を考慮して検診を勧めるとしている。米国内科学会(American College of Physicians;ACP)では,50歳未満や70歳以上,あるいは平均余命が10~15年未満の男性では,検診をすべきでないとしている。

このように,前立腺癌検診で前立腺癌死亡率が減るかどうかは現在明確でなく,各学会による勧告もそれぞれ異なっていることがわかった。



その日の5分

この日の外来終了後,もととなる論文をたどり読んでみることにした。DynaMedを再度検索し,‘effect of screening’を参照すると,2つのメタ分析が引用されており,最新のものは2013年のコクランレビューであった1)。その要約が以下のように記載されている。
▪systematic review of 5 randomized trials comparing prostate cancer screening vs. no screening in 341,342 men with no prior history of prostate cancer
 ・‌no significant difference in prostate cancer mortality(risk ratio 1, 95%CI 0.86–1.17)in analysis of 5 trials with 341,342 men
 ・‌no significant difference in all–cause mortality(risk ratio 1, 95%CI 0.96–1.03)in analysis of 4 trials with 294,856 men
 ・‌screening associated with increase in prostate cancer diagnosis(risk ratio 1.3, 95%CI 1.02–1.65)in analysis of 4 trials with 294,856 men
 ・‌Reference-Cochrane Database Syst Rev 2013 Jan 31;(1):CD004720

この論文は購入しないと読むことはできないが,出身大学の電子図書館のサービスで全文を手に入れることができたので読んでみる。ここでも「歩きながら論文を読む法」のメタ分析編を利用し,まず表12)にある項目のみ読んでいく。

<論文のPECO>
P : 45~80歳の男性
E : PSAによる前立腺癌スクリーニング
C : スクリーニングなし
O : 前立腺癌死亡,総死亡



5つのランダム化比較試験を統合したメタ分析であり,PECOは明確である。前立腺癌死亡の結果は,相対危険が1.00で95%信頼区間は0.86~1.17とある。年齢別のサブグループ分析の結果が示されており,いずれの年齢区分においても前立腺癌死亡の有意な減少は示されておらず,55歳以上では有意ではないが,相対危険が1.12とむしろ検診群で高い傾向にあった(図2)1)。ただ,50歳以上を対象にしたERSPC(European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer)という試験では,相対危険が0.84(95%信頼区間は0.73~0.95)と,単独の研究であるが有意な前立腺癌死亡の減少を示していることがわかる。

総死亡についても同様であり,相対危険が1.00,95%信頼区間は0.96~1.03で,年齢別で結果の違いは認められていない。


その後の患者への対応

●患者には1週間後の外来で以下のように説明した。

 「一部の研究では検診により前立腺癌の死亡を減らすという結果が示されていましたが,多くの研究を総合すると前立腺癌の検診を受けるグループと受けないグループで前立腺癌の死亡率にほとんど違いがないことが示されています。学会によっては検診をすべきでないという意見もあり,特に70歳以上については検診すべきでないというのが多くの学会の見解のようです。見せていただいた検査結果もほとんど正常に近い値ですし,このまま放置しても悪くないと思います。また,もう一度血液の検査だけ行って,値が増えていないかどうか見てみるのもいいと思います」

 それに対して,患者は再検査を希望した。数日後判明した結果は3.3ng/mLと正常で,このまま経過を見ることにし,今後PSAの測定はしない方針を確認した。

今後の対応

● 前立腺癌検診について質問された場合は,検診により前立腺癌死亡が減るかどうかは示されていないことを説明し,積極的に検診を勧めることはしない。特に70歳以上では,むしろ受けないことを勧める。

● ただ,70歳未満の希望者については,十分に情報を提供した上での測定を考慮する。

勉強内容のまとめ
PSAによる前立腺癌検診は,単独の研究で前立腺癌死亡の減少が示されているが,最新のメタ分析でその効果は示されていない。
各学会の見解は統一されていないが,積極的に勧める学会はなく,勧めるべきでないという学会が複数ある。

解答
放置しても悪くない
④→③

◉文 献

1)Ilic D, et al:Cochrane Database Syst Rev. 2013;1:CD004720.

2)名郷直樹:ステップアップEBM実践ワークブック. 南江堂,2009,p144.

関連記事・論文

関連書籍

関連求人情報

公立小浜温泉病院

勤務形態: 常勤
募集科目: 消化器内科 2名、呼吸器内科・循環器内科・腎臓内科(泌尿器科)・消化器外科 各1名
勤務地: 長崎県雲仙市

公立小浜温泉病院は、国より移譲を受けて、雲仙市と南島原市で組織する雲仙・南島原保健組合(一部事務組合)が開設する公設民営病院です。
現在、指定管理者制度により医療法人社団 苑田会様へ病院の管理運営を行っていただいております。
2020年3月に新築移転し、2021年4月に病院名を公立新小浜病院から「公立小浜温泉病院」に変更しました。
6階建で波穏やかな橘湾の眺望を望むデイルームを配置し、夕日が橘湾に沈む様子はすばらしいロケーションとなっております。

当病院は島原半島の二次救急医療中核病院として地域医療を支える充実した病院を目指し、BCR等手術室の整備を行いました。医療から介護までの医療設備等環境は整いました。
2022年4月1日より脳神経外科及び一般外科医の先生に常勤医師として勤務していただくことになりました。消化器内科医、呼吸器内科医、循環器内科医及び外科部門で消化器外科医、整形外科医の先生に常勤医師として勤務していただき地域に信頼される病院を目指し歩んでいただける先生をお待ちしております。
又、地域から強い要望がありました透析業務を2020年4月から開始いたしました。透析数25床の能力を有しています。15床から開始いたしましたが、近隣から増床の要望がありお応えしたいと考えますが、そのためには腎臓内科(泌尿器科)医の先生の勤務が必要不可欠です。お待ちいたしております。

●人口(島原半島二次医療圏の雲仙市、南島原市、島原市):126,764人(令和2年国勢調査)
今後はさらに、少子高齢化に対応した訪問看護、訪問介護、訪問診療体制が求められています。又、地域の特色を生かした温泉療法(古くから湯治場として有名で、泉質は塩泉で温泉熱量は日本一)を取り入れてリハビリ療法を充実させた病院を構築していきたいと考えています。

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top