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法医解剖前の臓器移植はなぜできないのか─わが国の死因究明と臓器移植の関係に関する考察【OPINION】

No.4835 (2016年12月24日発行) P.18

石原憲治 (千葉大大学院医学研究院法医学教室特任研究員/京都府立医大法医学教室特任教授)

岩瀬博太郎 (千葉大大学院医学研究院法医学教室教授/東大大学院医学系研究科法医学教授)

登録日: 2016-12-15

最終更新日: 2016-12-20

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  • わが国では、幾多の議論の後、1997(平成9)年、臓器の移植に関する法律(以後、臓器移植法)が成立した。しかし、それ以後も脳死下での臓器移植数が低迷を続けたため、2009(平成21)年、脳死者本人の書面による同意がなくても、本人の拒否がない限り遺族の同意で臓器を提供できるようにするなどの改正案が可決された。法制定の際も、法改正の際も、脳死を人の死とすることに対し、あるいは脳死判定基準について、多様な議論があった。

    本稿では、そうした点も踏まえ、特に警察に届け出られた脳死者から臓器を摘出する際の死因究明制度との関係に絞って考察する。

    1.脳死臨調における議論

    1990(平成2)年、わが国でも臓器移植を広く導入すべきとの議論を背景に、首相の諮問機関として「臨時脳死及び臓器移植調査会(以後、脳死臨調)」が設置され、約2年間にわたり検討が行われた。その第21回、第22回の会議で、脳死からの臓器移植と検視(ここでは、検察官又は警察官等が行う「検視」と、死因究明全般あるいはその医学的側面を指す「検死」との用語があいまいに使われている)との関係が話題となった。第22回では事務局から、脳死からの臓器移植を認めている海外諸国における臓器移植と検視の関係について報告があり、それに基づき若干のやり取りの後、委員から、「もし警察が脳死が死であると認めたならば、検視と臓器移植の間も両方の話し合いで解決できる問題であって、そう大きな問題ではない」といった、議論を打ち切るべきという意見が出され、一部委員の抵抗はあったもののうやむやに終わった。最終答申では、「関連した法制の整備」の項目の最後に、「変死体の取扱い等の規定についてその要否を含めて検討されるべきであろう」との1行が加えられたに過ぎない。

    そもそも、この問題は、人が病苦から救われ生命を維持する権利と、犯罪の発見、死因の究明という公益との調整であり、公益優先の原則を保ちながら、どの程度まで臓器摘出を認めるかは非常に大きな課題であると指摘する有識者も多い。しかし、脳死臨調の委員に法医学者が指名されなかった点をみても、この論点に関しては極めて関心が低かったことが示されている。また、この議論の最中ほとんどの委員は、脳死者を解剖してしまったら移植できない、法医解剖と臓器移植は二者択一的で両立不能であるととらえている。

    しかし、後に述べるように、多くの先進諸国では、臓器摘出と法医解剖が相前後して行われ、両立可能とされている。つまり、死因の究明のため解剖が必要とされた場合でも、解剖前に、死因とは関係ないと考えられる臓器を摘出するのである。ただし、その判断を行うのは国によって異なるものの、少なくとも法医学者の関与があることは共通している。しかし、わが国では、検視を行う警察官の判断で臓器摘出の可否が決まっており、法医学者が関与しない点が海外の諸国と大きく異なるのである。

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