株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

インフルエンザワクチンの価格はどう決められている?

No.4806 (2016年06月04日発行) P.70

中川晶比兒 (北海道大学大学院法学研究科准教授)

登録日: 2016-06-04

最終更新日: 2016-10-18

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

2015/2016シーズンにはインフルエンザワクチンが4価となり,薬剤卸からの希望小売価格が1.5倍に跳ね上がりました。便乗値上げとの批判も多いようです。さらなる問題は,卸から病院,診療所への提示小売価格が,各県,あるいは特定の地域ごとに同価格に統一されていることです。医療従事者専用のサイトによると,2バイアル(1.0mL×2)当たり4000~6000円台と1000円以上の開きがあります。出入りの広域卸のMS(マーケティング・スペシャリスト)に問うと,各県の卸組合で決めていると言います。
これは「談合,価格カルテル」にならないのでしょうか。今後,どう対応すればよいのか,お教え下さい。 (兵庫県 K)

【A】

2015/2016シーズンのインフルエンザワクチンにみられた医療機関への納入価格の値上がりが,価格カルテルによってもたらされたのであれば,「独占禁止法」(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)に違反しますが,競争の結果として値上がりしている可能性も検討する必要があります。
価格カルテルとは,同じ顧客をめぐって競い合っている複数の企業が,事前に請求価格や値下げ幅について情報交換や意見交換を行い,請求価格を一致して値上げする行為を意味します。医療機関が入札で医薬品を調達する場合に,入札に参加する売り手同士で結託して,最も安い価格を提示する業者をあらかじめ話し合いで決めておき,その者が受注できるように,ほかの者はより高い価格をつけること(入札談合)によっても値上げが可能です。これらは,独占禁止法の第3条または第8条によって禁止されています。
過去の独占禁止法違反事件としては,(1)インフルエンザの任意予防接種料金について最低価格を医師会で決定して会員医師が実施した事件,(2)地域卸が話し合いで得意先医療機関などの奪い合いをやめ,薬価からの値引き幅を決めた事件,(3)医薬品メーカーの団体が薬価基準の改定後も納入価格を維持することを決めた事件,などがあります。
カルテルが行われたかどうかは,独占禁止法違反の調査権限を持つ公正取引委員会の調査を経なければわからないのが一般的でしょう。公正取引委員会は,営業担当者の供述など,確たる証拠を得ることを重視しますが,それはなぜでしょうか。競争者の数が少なくなれば,大幅な値下げをしなくても顧客を獲得できますから,価格も高止まりし,横並びとなりがちです(大手家電小売店の価格や大手航空会社の航空運賃など)。ライバルの価格を見て各自が別個に自社の価格を決めているだけであれば,競争そのものですから法に違反しません。このような競争的な横並び価格と区別するために,競争者間で事前の情報交換や意見交換があったかどうか(その趣旨の供述を取れるかどうか)が重視されるのです。
他方で,状況証拠からカルテルの存在が疑われる場合もあります。ほかの多くの地域では卸売業者(以下,卸)によって価格にばらつきがあるのに,ある地域だけ卸の数が多いにもかかわらず価格が横並びであり,ほかの地域よりも価格が高くなっていることに合理的な理由がない(たとえば,ほかの地域と比べて配送コストが特に高くなるわけでもない)場合がその例です。
ワクチンの製造コストが上昇すれば競争的な納入価格も上昇しますが,医療機関が取引可能な卸が複数存在する場合には,3社以上に見積もりを出させた上で2社に分割発注するとか,逆に分割発注していたものを1社に一括発注することで,値引きを引き出すことができるかもしれません。しかしながら,卸が同質的であり価格競争を行っている場合には,医薬品メーカーが卸への販売価格(仕切価格)を引き上げることが可能です。同質的とは,買い手である医療機関からみて,価格が安ければどちらの卸から買ってもよいと思う状況であり,かつ卸のコストが等しく,互角に競争できる状況です。この場合にメーカーは,卸がそのコストを回収できるぎりぎりの水準まで仕切価格を引き上げることができるため,卸の価格は横並びとなり,卸が値下げする余地はなくなります。
つまり,卸が価格競争を活発にするだけでは医療機関への納入価格は下がらない場合があります。この場合に納入価格に影響するのは,メーカー間の競争です。どのメーカーのワクチンでも同質的で変わらないと医療機関や卸が考えて交渉するならば,メーカー間の価格競争により値下がりするでしょう。メーカーがMR(メディカル・レプレゼンタティブ)を医療機関に派遣するのは,自社の商品が他社の商品とは異なる差別化された商品だということを印象づけるためです。差別化が進めば納入価格は高くなります。医薬品の品質を評価するのは困難でしょうが,医薬品卸そして医療機関が,メーカーを選別することが求められます。

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top