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ブタとイノシシの遺伝子の違いは?

No.4806 (2016年06月04日発行) P.69

野口英樹 (情報・システム研究機構国立遺伝学研究所先端ゲノミクス推進センター)

藤山秋佐夫 (情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 先端ゲノミクス推進センター 比較ゲノム解析研究室教授)

登録日: 2016-06-04

最終更新日: 2016-12-15

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【Q】

ブタはイノシシが家畜化したものですが,その遺伝子にはどのような違いがありますか。 (兵庫県 K)

【A】

ご指摘の通り,ブタはイノシシを家畜化したもので,分類学上も両者は同じ種(学名Sus scrofa)です。350~530万年前に東南アジアに現れたイノシシの祖先は,その後分布域を広げ,80~160万年前にはアジアと欧州の系統にわかれていたことがゲノム解析からわかっています1)。一方,家畜化によりブタが誕生するのはそのずっと後(およそ1万年前)のことであり,しかも家畜化はアジアと欧州それぞれで独立に行われました。そのため,ゲノムDNAを調べると,アジアと欧州のイノシシ(またはブタ)同士よりも,それぞれの地域のイノシシとブタのほうが系統的により近い関係にあります(図1)。つまり,「ブタ」というのは単に「家畜化したイノシシ」を指す呼称であって,ブタという単一の系統がイノシシとは別に存在するわけではないということです。
とはいえ,家畜化を受けた動物にはある程度共通の変化が認められることも事実です。これは,人間にとって都合の良い形質を持つ個体が人為的に選択されてきたことや,餌の心配や外敵の脅威がなくなるという自然環境との違いといった,野生(自然選択)とは異なる一定の選択圧が家畜にかかっているためです。家畜にみられる顕著な変化のひとつに,多様な毛色があります。野生では目立つ派手な毛色は好ましくありませんが,家畜ではそのような制約はありません。結果として,家畜では毛色関連遺伝子に様々な変化がみられます。たとえばMC1Rというメラニン形成を制御する遺伝子は,ブタを含む多くの家畜で共通して多様性が高いことが知られています2)。イノシシの場合は,欧州,中国,日本のどの系統にもMC1R上に非同義置換(アミノ酸の変わる塩基置換)がなかったのに対し,ブタの場合は50品種中1つを除くすべての品種に何らかの非同義置換がありました。また,MC1Rほど顕著ではありませんが,一部のブタの品種ではチロシンキナーゼ受容体のKIT遺伝子周辺(約45万塩基対)に重複がみられ,ブタの白い模様との関連が指摘されています3)。
豚肉生産に用いられるブタの品種の場合は,肉質や肉量に関連する遺伝子にも違いがみられます。肉質に関してはPRKAG3(骨格筋中のグリコーゲン量と関連)上に非同義置換4)が,肉量に関してはIGF2(筋肉量と関連)の発現制御領域の一塩基置換5)や,VRTN(椎骨数=胴の長さと関連)を含む4万5000塩基対の領域に複数の変異6)が報告されています。これらはすべてのブタに共通する変化ではありませんが,人為的選択によるブタ特有の変化と言えます。このほかにも家畜化に伴う形質の変化は多岐にわたっていますが,残念ながら遺伝子レベルで解明がなされた例はまだそれほど多くはありません。しかし,近年の遺伝子解析技術の大幅な進歩により,ゲノムワイドな解析のスピードも質も格段に向上してきています。今後,そう遠くない未来には,家畜を家畜たらしめる遺伝子群というものも明らかになってくるかもしれません。

【文献】


1) Groenen MA, et al:Nature. 2012;491(7424):393-8.
2) Fang M, et al:PLoS Genet. 2009;5(1):e1000341.
3) Rubin CJ, et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2012;109(48):19529-36.
4) Milan D, et al:Science. 2000;288(5469):1248-51.
5) Van Laere AS, et al:Nature. 2003;425(6960):832-6.
6) Mikawa S, et al:BMC Genet. 2011;12:5.

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