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線虫を使ったがん診断とは?

No.4791 (2016年02月20日発行) P.63

広津崇亮 (九州大学大学院理学研究院生物科学部門)

登録日: 2016-02-20

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

最近,線虫を使った尿検査でがんの診断ができるという情報が流れています。論文になっているのであれば、その正しい内容をわかりやすくご教示下さい。 (京都府 K)

【A】

線虫による尿を用いたがん診断については,筆者らの論文が2015年3月にPLOS ONE誌に掲載されています(文献1)。その内容を紹介します。
がん患者には特有の匂いがあると臨床現場では言われていて,犬を用いてがんを診断しようという試みがあります(がん探知犬)。しかし,がん探知犬の能力は集中力に左右されるため,1日に5検体程度しか調べることができず,また未知のサンプルに対する検査を繰り返すと訓練度が落ちてしまうため,実用化は非常に困難です。そこで筆者らが注目したのが,線虫C. elegansです。線虫は,嗅覚受容体を約1200種(人間の約3倍,犬の約1.5倍)有する嗅覚の優れた生物であり,匂いに対する反応も走性行動(好きな匂いには誘引行動を,嫌いな匂いには忌避行動を示す)を指標にして容易に調べることができます。筆者らはまず,癌細胞の培養液に対する線虫の走性行動を調べました。その結果,野生型線虫は,癌細胞の培養液に誘引行動を示すことがわかりました。この誘引行動は,正常細胞の培養液に対してはみられないこと,嗅覚異常の変異体ではみられないことから,癌細胞に特有の分泌物の匂いに対して線虫が反応していると考えられました。
次に筆者らは,人間由来の試料に対する線虫の反応を解析しました。がん患者の尿20検体,健常者の尿10検体について線虫の反応を調べたところ,すべてのがん患者の尿には誘引行動を,反対にすべての健常者の尿には忌避行動を示しました。がん患者の尿に対する誘引行動は,嗅覚神経を破壊した線虫では起こらないこと,線虫の嗅覚神経はがん患者の尿に有意に強く応答したことから,線虫は尿中におけるがんの匂いを感じていることがわかりました。筆者らは,線虫の嗅覚を用いたがん診断テストの精度を調べるために,242検体(がん患者:24,健常者:218)の尿を用いて実験を行いました。その結果,がん患者24例中23例が陽性,健常者218例中207例が陰性を示しました。すなわち感度(がん患者をがんと診断できる確率)は95.8%,特異度(健常者を健常者と診断できる確率)は95.0%であり,同じ被験者について同時に検査したほかの腫瘍マーカーに比べ,感度は圧倒的でした(文献1)。また,ステージ0や1の早期がんでも感度が低下しないことがわかりました。
線虫の嗅覚を用いたがん診断テストは,(1)尿で測るため苦痛がない,(2)簡便,(3)早い,(4)低コスト(1検体当たり材料費だけなら100円程度),(5)多くのがんを一度に検出可能,(6)早期発見できる,(7)高感度,といった優れた特徴を併せ持つ,従来にないがん診断法として実用化が期待されています。

【文献】


1) Hirotsu T, et al:PLoS One. 2015;10(3):e0118699.**

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