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インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる頻度

No.4715 (2014年09月06日発行) P.66

高橋和郎 (大阪府立公衆衛生研究所副所長・感染症部長)

登録日: 2014-09-06

最終更新日: 2018-11-27

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【Q】

不顕性感染のインフルエンザは,ほかの人への感染源となりうるか。 (岩手県 H)

【A】

インフルエンザウイルスの不顕性感染者(症状がまったく認められない感染者)が感染源となるかどうかについては,過去より議論されているが,信頼性のある研究報告は認められず,結論は不明である。本回答ではその可能性について文献をもとに推論してみたい。
インフルエンザは飛沫感染,空気感染(エアロゾル感染),接触感染,の3経路により伝播されると考えられているが,各々がどれほどの割合で関与しているかは明らかでなく,また,検証も困難な課題である。
空気感染は,一部ではあまり関与していないであろうと考えられてきたが,近年,その重要性が再認識されてきている(文献1)。不顕性感染者が感染源になるか否かとの問いは,換言すれば不顕性感染者の呼気中にウイルスが排出され感染を起こすか,との問いである。

インフルエンザ患者の鼻汁中に排出されるウイルス力価は,発症日あるいは第2病日が最大となり,力価は通常102~105TCID50/mL(約7×101~7×104個ウイルス,最大約7×106個ウイルス)で,症状が重症であるほど高力価である。患者の咳,くしゃみで排出された飛沫やエアロゾルに感染性ウイルスは証明されている。
患者の約30~50%では,発症3日以内であれば静かに呼吸した呼気中のエアロゾルにもRNAウイルスが発見されることがある(文献2)。ここではウイルスの高排出者から排出されるエアロゾルの約90%は径が1μm以下の飛沫核で,呼気時間1分当たり,少なくとも3~20個のウイルスに相当するRNAが排出されると報告(文献2)されている。しかし,これがどれほどの感染性ウイルスに相当するかは実証されていない。仮に感染細胞のデータから300個のRNA分子中に1個の感染性粒子が存在すると仮定すると,2時間で1~8個の感染性粒子を呼気中に排出する計算である。
一方,不顕性感染者の咽頭や鼻腔では確かにウイルスが増殖している。その力価は個人差があるものの,平均するとインフルエンザ発症者の感染部位における力価の約1/10程度である(文献3) 。不顕性感染者の呼気からの直接的ウイルス検出はなされていないため,どれだけの頻度で不顕性感染者がウイルスを出しているかはわからないが,これをもとに計算すれば,ウイルスを排出するような人では10分当たり,おおよそ3~20個のRNAウイルス相当量のウイルス粒子が飛沫核として排出されている可能性はある。
次に,ヒトがエアロゾル吸入により発症するときのウイルス量について考察する。ヒト,サル,マウスではウイルスを含むエアロゾル(Fluエアロゾル)を吸入することにより発症することは多くの文献(文献4~6)で報告されている。被験者は容易に作製されたFluエアロゾル(直径1~3μm,10L)を吸い込んで発症する。
診断は咽頭スワブからのウイルス分離と特異中和抗体価の有意な上昇で判断している。この場合,中和抗体を持たない被験者を対象にすると,被験者の半数で感染が成立する吸入ウイルス量(50%human infectious dose:HID50)は,免疫のない人で,わずか0.6~3.0TCID50(約0.4~2.0TCID50,約0.4~2.0個の感染性ウイルスに相当する)と非常に少量であるとの報告(文献7)がある。
これに対して,鼻腔内滴下による感染の成立に必要なウイルス量(HID50)は127~320TCID50と約100倍(文献4)あるいはそれ以上のウイルス量が必要であるという。この理由としては,粒子サイズの小さなエアロゾルの多くは吸入後直接,気管以下の下気道に付着し,これは免疫状態にもよるが,ウイルスが比較的増殖しやすい環境であることが考えられる。一方,大きな飛沫は上気道で捕獲され,下気道まで達することができない。つまり,上気道における解剖生理学的な防御機構が働くため,感染成立にはより多くのウイルス量が必要となることが考えられる。
さらに,空気感染の成立に関して考慮すべき点はエアロゾル中のウイルス感染性の持続時間である。この点に関して,湿度約20%の乾燥状態では湿度40%以上の高湿度状態よりエアロゾル中のウイルスはより長時間感染性を保持することが実験的に確認されている(文献8)が,実際,日常の環境下でどの程度ウイルスが失活していくのかについては不明な点が多い。
以上の所見より,インフルエンザ患者からエアロゾルを介した空気感染により感受性者にウイルスが伝播することは可能と考えられる。ただし,不顕性感染者からの感染の成立に関しては,呼気により排出された少量のウイルスがいつまで空気中で活性を保っていられるのかという点も考える必要がある。
不顕性感染者がウイルスの高排出者であり,乾燥した環境下で,免疫力の低い感受性者が家族内のように比較的長時間,近距離で接触するような,特別な条件を備えた場合には感染が成立する可能性は否定できないが,現実的には感染が成立する場合は稀であると推測される。この点についてはインフルエンザの公衆衛生上の感染防止対策を考える上で重要であり,今後解決すべき研究課題である。

【文献】


1) Patrozou E, et al:Public Health Rep. 2009;124 (2):193-6.
2) Fabian P, et al:PLoS One. 2008;3(7):e2691.
3) Couch RB, et al:J Infect Dis. 1971;124(5):473 -80.
4) Tellier R:Emerg Infect Dis. 2006;12(11):1657-62.
5) Snyder MH, et al:J Infect Dis. 1986;154(4): 709-11.
6) Douglas RG:The influenza viruses and influenza. Academic Press, 1975, p375-447.
7) Alford RH, et al:Proc Soc Exp Biol Med. 1966; 122(3):800-4.
8) Hemmes JH, et al:Nature. 1960;188:430-1.

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