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閏年 [フィロソフィア・メディカ2(2)]

No.4813 (2016年07月23日発行) P.68

中田 力 (新潟大学名誉教授・カリフォルニア大学名誉教授)

登録日: 2016-11-08

最終更新日: 2017-01-23

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  • トランプ旋風

    世界がイライラしている。

    どの国でも、どの地域でも、簡単には解決できそうもない問題を抱えながら、人々が苦労している。情報ネットワークが発達した現代では、遠い彼の地の問題もリアルタイムで伝わってくる。それがいけないというわけではないだろうが、かつては他人事として素知らぬ振りも可能であったことが、すべて、身近な問題としてのしかかってくる。それが、さらに自分たちのイライラ感を増長させる。情報過多が一般人の許容量を超え始めていることが、人々の心を荒ませているのである。

    醜い姿が人間の本性であると言ってしまえばおしまいなのだろうが、理解を超えることも横行している。Time誌の4月18日号(US Edition)に掲載された戦争とレイプのリポート1)は、これまで何度も特集されている女性の人権侵害に関する問題なのだが、21世紀に入った現代でも一向に収まる気配を見せない。世界の人身売買が強制労働から性労働へと変化した中で、米国国務省が毎年出している報告では、日本は未だに先進国とは認められない第二層(Tier 2)のランクに甘んじている。

    米国も国民のイライラが最高潮に達している国家の一つである。共和党の大統領候補になったトランプ 2)が人気者になった理由である。

    世界最高の頭脳集団を自負している米国のシンクタンクが、これもまた世界最強を誇る軍隊を使いながら、地球を守るという大前提のもとに世界警察の機能を担ってから久しい。その結果、多民族国家による近代民主主義の遂行者としてのアイデンティティを誇示することとなった米国は、逆説的に、独裁的な権力者とのレッテルを貼られて、悪役になってしまった。

    それでも、しばらくは米国国民がその立場を誇っていた。その感覚が現実的なイライラ感に変化し始めたのは、絶対であるべきシンクタンクの結論が、相次いで失敗に終わったからである。その典型的な例がアフガニスタン戦争とイラク戦争であったことは言うまでもない。後者は前者の結果として必然的にやらざるを得なかった戦争であるが、前者は米国という国家の行く末、ひいては、人類の将来を決定付ける決断となった。

    9.11がきっかけになったことは誰もが知っている。問題は本土にまで攻め込まれ、危機感を持った米国が、明らかに巨大化する脅威を取り除くべきかどうかであった。

    リベラル派シンクタンクの端っこに座っていた私も議論に参加したことがある。

    医者としての比喩は転移のある末期癌における原発巣の手術であった。取っても治癒にはならない。むしろ、手術の侵襲がさらなる問題を引き起こし、新しい転移巣を生む可能性もある。しかし、原発巣が大きすぎて患者は瀕死の状態にある。放っておいて良いのだろうか? 結論は、手術に踏み切ることだった。

    急激に民主化された地域が安定した状態になるかどうかは、その後の経済発達の成功度によることはよく知られている。教科書通り、米国はアフガニスタンへの経済援助を徹底して行った。しかし、結果は良いものではなかった。アフガニスタンの貧困は収まらず、タリバンは以前にも増した勢力を誇っている。

    その後、イラク戦争からビン・ラディン暗殺まで、形式上は米国のテロリスト追撃政策は成功を収めた。しかし、現実的にはとても良い結果をもたらしたとは言い難い。米兵の完全撤退を国民に約束して二期目の大統領選挙を勝ち抜いたブッシュも結局は選挙公約を守れず、オイルマネーによる世界経済支配の可能性を断ち切ったオバマ政権の誕生も、国内情勢の好転を導くことはできなかった。燻り続けた米国国民の苛立ちは、トランプの登場で一挙に燃え上がったのである。

    状況的には、ワイマール共和国にヒットラーが台頭した時と同じである。ただ、9.11直後でさえもブッシュ大統領に核兵器の使用を許さなかった保守派の強力なシンクタンクが存在する限り、たとえトランプ政権が誕生したとしてもそれほど大きな変革は起こらない。しかし、共和党という歴史ある政党を支えて来た誇り高いシンクタンクが、それが政治と割り切ってしまえば仕方のないことであるとはいえ、自分たちの自尊心すら失いかねない人間をリーダーとして掲げ、その後押しをするのかどうかは疑問である。

    これは、ナチス・ドイツ時代、プランクの置かれた立場によく似ている。もちろん、プランクとは、量子理論の創生者、ドイツの物理学者マックス・プランク3)のことである。

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