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福島原発事故から5年 国際専門家会議から見えてきたもの[OPINION :福島リポート(22)]

No.4809 (2016年06月25日発行) P.18

山下俊一 (長崎大理事・副学長/福島県立医大副学長(非常勤))

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-23

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  • 東日本大震災、そして直後の福島第一原発事故という複合災害から5年が経過した。初期の混乱と混迷の中で被災住民への対応の様々な課題も明らかになり、“現存被ばく状況”(被ばく線量が平常時の公衆の線量限度(1mSv/年)より高い状態が定着し、さらなる線量低減に長期間を要する状態)と呼ばれる放射能汚染問題との関わり方も、その理解や認識の違いによる各自の行動変化として現れてきている。長引く避難生活での困難な状況や精神心理的なストレスは続くが、それでも徐々に冷静な判断と行動が可能となりつつある。

    一方で、福島県の農林水産物に対する風評被害も続き、原発事故を契機に地域住民の分断や差別、偏見も報告され、震災関連死や自殺の増加も現実視される。これらの事象に対して、当初から専門家が発し続けている放射線リスクの本質について考察する。

    専門家の拠り所

    原発事故直後からのクライシスコミュニケーションと、復興に向けた放射線リスクコミュニケーションの最前線に立たされた時の拠り所は、国際的なコンセンサスが得られている放射線防護基準となる。
    私の場合は、原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や国際放射線防護委員会(ICRP)などの科学的考察と政策提言ガイドライン、世界保健機関(WHO)や国際原子力機関(IAEA)のコンセンサス、そしてチェルノブイリ笹川医療協力事業で20年間にわたり現場を歩いた原子力災害対応の経験であった。特に、広島・長崎における長年の晩発性放射線障害の調査研究と、事故前の国内外の緊急被ばく医療ネットワーク準備状況は、想定外の事象に対してもクライシスの現場では重要な判断材料であり行動の拠り所であった。
    しかし、理論と実践のギャップを痛感したのは、まさに専門家の落とし穴とも言うべき己自身の情報伝達力の稚拙さと、情報受信者の千差万別なリスク認知の違い、そして話の真意が正反対に取られるような解釈の違いに曝されたときであった。当初の情報不足からマスコミの過熱報道の渦中に身を置き、ソーシャルネットワークを介した正誤の確認がないまま氾濫する放射能や放射線に関する誤った情報に対しての防御や訂正の術を持ち合わせることなく、専門家が徒手空拳で現場対応に奔走することを余儀なくされた。クライシス対応の課題と反省である。

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