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『新薬の狩人たち』[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(209)]

No.4916 (2018年07月14日発行) P.64

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2018-07-11

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『新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求』(早川書房)は、驚くようなエピソードをふんだんに盛り込みながら、創薬の歴史を面白くまとめた好著である。

どうして、植物が人間の病気に効く物質を産生しているのだろう。考えてみれば不思議なことだが、初期のドラッグハンターは皆、医師兼植物学者であった。最古の薬はケシからの抽出物であるアヘンで、紀元前3400年にまでさかのぼることができる。

つぎにやってきて、現在も、おそらくこれからもずっと続いていくのは化学合成の時代である。そのトップは、いまも年間3万トン以上を売り上げるアスピリンだった。バイエル社が、柳に含まれているサリチル酸にアセチル基をくっつけたアスピリンを開発したのは19世紀最後のことである。

ちょうどその頃、天才科学者パウル・エールリッヒが、化学物質による染色法から全く新しい着想を得た。病原菌を狙い撃ちできる「魔法の弾丸」を創りうるのではないかというのだ。その発想で開発されたのが、抗梅毒薬サルバルサンである。

この考えに基づき、続々と新薬が出た、という訳ではない。次の成功例であるサルファ剤の開発までには四半世紀もの時を要した。そして、そのサルファ剤には、耐性菌の出現という大きな問題があった。

人類の敵である感染症に対する薬剤開発において全く新しい道が切り開かれたのは、1928年、ご存じアレクサンダー・フレミングによるペニシリンの発見である。以後、有用な成分を産生する微生物がドラッグハンターたちの大きな標的になっていった。

少し意外な感じもするが、世界初の生物製剤であるインスリンの臨床応用はペニシリンの発見より早い1922年のことだ。これは牛の膵臓から抽出されたインスリンであったが、分子生物学の爆発的な進展は数多くのヒト生物製剤をこの世にもたらした。その最初の例もインスリンで、1987年のことだ。現在、数多く開発されている画期的な抗体医薬もこの延長上にある。

研究者たちの賢さと幸運と、そして何よりも執念があった。残念ながら、現在、新薬の開発がどんどん難しくなってきている。20世紀はドラッグハンティング華々しき時代であった、と医学史に記載される日が遠からずやってくるに違いない。この本を読めば、きっとあなたもそう思うはずだ。

なかののつぶやき

「著者のひとりであるキルシュもドラッグハンター。自らの経験もふまえて、創薬の面白さだけでなく、その理不尽さもあますことなく伝えています」

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